嘘と演技
野副さんはまたさくらさんの方を見て、
「さくらさん。今歳はいくつだっけ?」
「二十歳です」
「子供の頃はどんな女の子だった?」
「子供の頃…おとなしかったかもしれないけど普通の子だったと思います。父は厳格で神経質だったと思います」
「お父さん好き?」
「子供の頃は好きだったり嫌いになったり、でも思春期にあれの仕事を頼まれてから父に対する思いも歪んできました」
「では今お父さんは嫌い?」
「嫌いかもしれないけどそれ以上に自分も嫌いです」
「なんでさくらさんあなたは素敵な女性じゃないの」
「フッ」
さくらさんは呆れるように低く笑った。
「先生ももう知ってるでしょう。私の身体は穢れてるって」
「そう。穢れてるって思っちゃう?」
「はい。思いますね」
野副さんはしばらく沈黙したまま、それでいてさくらさんから目線を外さなかった。意図的な沈黙のようだ。
「小学校の頃の楽しい記憶何でもいいから私に話して」
「小学校の頃の…家が嫌だったから学校のキャンプに行った時すごく開放感があって楽しかったです」
「うん。うん」
「西瓜割をしたり、夢中になって大声で笑って…」
「西瓜割…楽しかったんだ」
「楽しかった。本当に」
また野副さんは先程のより短い沈黙の後に、
「さくらさん。これから私のいう事を復唱してくれる。言った通りの事をさくらさんも同じように言ってくれる?」
さくらさんは少し黙ってそして、
「分かりました」
そう言った。
野副さんは静かな落ち着いた声で、
「私は本条さくらです」
そう言った。さくらさんも同じように、
「私は本条さくらです」
そう繰り返した。
「女の子です」
「女の子です」
「私は普通の女の子でいたいです」
今度は少し間をおいてさくらさんが、
「私は普通の女の子でいたいです」
そう繰り返した。由美が私に耳元で、
「このカウンセリング上手くいくかしら…」
私も、
「さあ分からない。ただこのカウンセリングが上手くいくかによってTEPが変わる。世界が変わる。それほどの運命の鍵になるカウンセリングだ」
「そうね」
野副さんは続けた
「私は普通の女の子です」
「私は普通の女の子です」
「友達とはしゃいだり楽しい記憶も残っています」
「友達とはしゃいだり楽しい記憶も残っています」
「私の身体は私のものです」
その時さくらさんは俯いた。野副さんは、
「さあ、私の身体は私のものです」
今度はさくらさんがためらいながら、
「私の身体は私のものです」
そう鉱山の中から響くような低い声で言った。
「私の身体は誰のものでもありません。私自身のものです」
今度はさくらさんが涙交じりの声で、
「私の身体は誰のものでもありません。私自身のものです」
「私には立派な人権があります」
今度はさくらさんが涙声で泣きじゃくる様に、
「私には立派な人権があります」
「私の身体はお父さんのものではありません」
「私の身体は…私の身体は私のもの、お父さんの言うなりになってたけど、お父さんに逆らえなかった…お父さんの過去を知って…つらい過去を知って。それを知ったらお父さんに何も言えなかった。言っちゃいけない気がした。世界を救えるのは私達親子なんだ。私の生まれてきた意味は身体を売る事のよって世界を動かす事なんだ。そう思うようにして、心を凍らせて、心が痛まない様、何も考えない様にして…でも私、お父さんの奴隷じゃない」