嘘と演技
私達は中に入った。そこにさくらさんがいた。
「よし。ドアは閉まったな」
私はさくらさんに声をかけた。
私は、
「さくらさん。よく聞くんだ。君は犯人じゃない。お母さんを殺していない。お父さんが頭の中に直接話しかけたんだ。君が気が狂っているとか犯人は自分だと思えとか」
「私は私は操り人形。そう言われたら仕方ありません」
「さくらさん!」
あやめさんが今度は声をかけた。
「あ…あやめ」
「そう私よ。あやめよ。あなたは犯人じゃない」
「私は犯人じゃない…私は犯人じゃ…」
徐々にさくらさんが正気を取り戻しているようだ。
「でも私が犯人なんだし、私は犯人じゃない」
さくらさんの中で揺れ動いている様だった。でも明らかに、気が変になっているさくらさんではなく、どんどん正気に近づいている様だった。
「さくらさんしっかりして」
「そうよ。私は犯人じゃないわよ。お母さんを殺せる筈ないもの」
「時間がないんだ。君がここから抜け出す。お父さんの本条則明さんの社長室君入れるか?」
「入れます」
さくらさんがはっきりそう答えた。
「そこに本条家のセキュリティー用の監視カメラのデータは入ってそうか?」
「入ってる筈です」
「良かった。今から君とあやめさんが入れ替わる。髪を切ってもらっていい?」
「髪?私の髪?」
「やはり女の子よね。髪は大切よね」
由美がそう言った。
「いえ。私の中では女の子はとうに捨てました。ただあなた達にする事が父に逆らう事。私がそれに加担する事に躊躇しています」
あやめさんが、
「もう辞めよう。自分を殺してまで世界を救うのは。何が正しい答えか分からないじゃない。お父様の契約も正義の契約かなんて分からない」
時間はもう7分を経っている。
「さくらさん。頼む。急ぐんだ」
「どう決断するか一分だけ考えさせて」
さくらさんはそう言った。由美とあやめさんと俺は三人で顔を合わせ、頷いた。
「一分。よし。一分待とう」
身を粉にしてここまできた。
仕事にここまで命を懸けたことがない。
俺は世界に関わる仕事を今している。
そして一人の尊い少女を救おうとしている。
その少女に応えてもらいたい。この想い。
一人の少女が目を瞑り考える。まるで精神を研ぎ澄ましている様に。
「いいわ。お願いします。髪を切ってください。あやめと同じ髪型にしてください」
「ありがとう、さくらさん」
「さくらさん」
「さくらさん」
時間はあと7分。由美がさくらさんの髪をすっと持ち上げてハサミを入れる。
ザクッ。
用意したビニール袋に髪が落ちる。
またハサミを入れる。
ザクッ。
少女の髪が落ちていく。サラサラと。
さくらさんの目から涙が頬をつたう。
二千年の恋をも勝る、尊い、本当に尊いヴァージンロストの様な断髪だった。