嘘と演技
私がそう聞くと、
「そうです。そもそも違う。そもそも病名が違う。そう言いたかったんではないでしょうか。私はうつ病でない。私は解離性同一障がいなのよ。薬を飲んだって聞くわけないでしょと。そう言いたかったんだと思います」
「そう言われてみると…」
私はぼやけていた話と話の切れ端が昔繋がっていた世界の大陸の地図の様に繋がっていく様だった。
「性的虐待から目を背けるのも解離」
私がそう言うと、
「そうかもしれませんね。虐待があったにしろないにしろ解離は彼女にあると思います。彼女が以前と妙に雰囲気がガラッと変わる事に心当たりはありませんか?」
私は小田急線でおっとりと自信を喪失して死ぬと言っている彼女をまず思いだし、この間面会室で私をもて遊ぶ様に強気な態度でリードした事を思い出した。
「あるという反応ですね」
松井は見透かした様に私にそう言った。
「ただそうだとしたら絶対忘れてはいけない一つの選択肢を思い出してください」
松井は続けてそう言った。
「なんだその選択肢とは?」
「だから彼女が殺めた。彼女が殺人犯であるという選択肢ですよ」
「いや事実、彼女を解離に追い込む様な虐待があったのかもしれないではないか。本条則明との間に秘密があるかもしれないという…」
私がそう言うと、
「だからと言って本条則明が犯人だという証拠には繋がりません。むしろ可能性が高いのは、もう一つの人格の本条さくらさんが、本条真由美さんを殺めた」
「はっ…」
その時、野副さんは手で顔を覆って泣き崩れる様に声を出した。
「野副さん大丈夫ですか?」
私が言うと、
「私も気づいていたんです。さくらさんのもう一つの人格が暴走して…でも考えたくなかった。それだけはどうしても考えたくなかった…」
「考えたくなかった。思いたくなかった。女性なら当然でしょう」
松井はそう言ったがしばらく野副さんの泣いている声が私達の心を痛ませて止まなかった。
「野副結季花さん」
松井は言った。
「思いたくないことを想像しろとは言いません。しかしあなたはカウンセラー。医者でも精神科医でもないので、診断を下す必要はないのです。そんな悲しまないでください。面倒くさい真実の追究は医者に任せましょう。彼女が、さくらさんが解離性同一障がいかどうかを」
「はい」
野副さんは涙をぬぐってそう言った。