嘘と演技
私は驚いて、
「ええ!ないの?じゃあ、何も聞いていないって事?」
「ええ、私も何度も彼女が性的虐待を受けているだろうと疑いました。しかし全くないんです。証拠もない。さくらさんに父の事を話させている間も性的虐待を受けている人のする反応が全く見受けられないんです。でも…」
野副さんは続けた。
「でもさくらさんは性に関して異常な嫌悪感はあるんです。だからやはりお父様との間で何か…そう思ってもいつまでたっても証拠がつかめないんです。怪しいとは思うんです。でも何故か証拠が…」
私は
「ひょっとして父親は性的虐待を受ける人の傾向を知っている。そんなものが露わにならぬ様、娘に諭し、彼は本条則明はきっと大した学歴だろう、霧島彼の最終学歴は?」
「東大法学部卒業です」
霧島が言った後、私は、
「法学部であっても彼の教養なら心理学に精通しているかもしれない…」
松井は私に対して、
「おいおい結城さん、随分強引な数学的帰納法だねえ。あなたのその執着ともいえる推論で正しい答えが導き出せますかね?」
「そうかそうだよな。野副さん虐待を受けていない事を装う事は一般的にできる事なのでしょうかね?」
「さあ、虐待を隠すことはありますが、私の知っている限り完全に隠す事はまず無理だと思います」
「そうでしょう。私も無理だと思います」
松井もそう言った。
「ただ、あなた達はまだ忘れていませんか?」
「何を?」
私はそう聞いた。
「本条さくらさんが実際犯人であるという選択肢を」
「彼女がやるとは思えない」
私が言うと、霧島も、
「私もそう思います」
霧島に続いて野副さんも、
「私も何も確証ももてなくて、辻褄があわなくて、上手くいえないんだけど、とても彼女がやったとは思えないし、思いたくないんです」
「そう、女性であるあなたが思いたくない。そこがネックです」
松井がそう言ったので私は、
「どういう意味だ?」
そう聞いた。
「結城さん以前あなたは言いましたね。小田急線での本条さくらさん親子の会話。数少ないヒントです。その二人の会話の中に“そもそも違うのよ”とあったでしょう?」
「ああ。そもそも違うと言った発言はそもそもうつ病が頑張りすぎないとか、趣味の大切さとか悟られたさくらさんに何も響かなかった。性的虐待さえなければこんな病の治療など必要ない。虐待さえなくなってくれればよいという心の響きだと思ったが」
「私は違うように解釈しました」
「何と?」霧島が訊くと、松井は、
「そもそも違うとはつまり何が違うのか、それは病名ではないか」
「病名?」