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嘘と演技

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「ただ早とちりはいけませんね。殺人事件だからといって話を面白い方向へ持っていってしまってはいけない。そもそも彼女、本条さくらさんが性的虐待を受けているという根拠、エビデンス、何か証明できるものは?」
「いや証明はできないが数学的帰納法のようにもし、虐待と仮定するといろいろな事がはっきりするんだ。さくらさんの言葉―――
『そもそも違うのよ』
『治らないわよ。私の若いうちは』
『お母さんは何も分かってないわよ。治るわけないでしょ』
 そう言った言葉の意味、彼女の自傷行為、不安感、低い自己評価、人から注目されるための複数の人とのセックス。俺はこの間さくらさんから性的な意味で誘惑を受けた」
「駄目ですねえ。物事を数学的帰納法で解決しちゃあ。これが答えだと信じ、他の選択肢を忘れて、これこそが答えだといくらでも出てくる裏付けと結びつける。素人が陥りやすい考え方です」
「知っていますか?ユング心理学のタイプという章の所の一つに内向的思考型というタイプがある。この類の人は新しい『事実』より、新しい『見解』を見つけることを得意とする。つまり現実に何が起きているかより、新しい、人を驚かせる、所謂面白い見解で話を進めてします。物事は意外と単純な結末であるという事を我々はいつも知らされる。しかし…」
 松井はまた周りを見渡した。
「しかし彼女の低い自己評価、不安感、現にうつ病を持っていることは家庭に何かしら家庭機能不全のようなものがあったのかもしれない」
 松井はまた呼吸を整えて、
「それはあくまでもあったかもしれないだ。必ずずあるとは言い切れない。今時分の精神疾患は家庭だけの問題とは言い切れないものがあると思う。普通の家庭から育った人間が統合失調症にもなる。とにかく性的虐待とは早とちりではないか?そうだ重要参考人の野副さん。あなたなら何か知っているのではないですか?彼女から本条さくらさんから虐待の悩み、相談とか受けたのでしょうか?」」
 野副さんはおどおどした様に、
「あの…それが性的虐待を受けたという告白も一度も聞いていないし、確証を持てる事実が私が観察した限り全く一つもないんです」
作品名:嘘と演技 作家名:松橋健一