嘘と演技
「どうしたのよ」
「俺たちいつまでこういう付き合いするんだろう」
「どうしたのよ。急に」
「クリスマスに会って、食事をして、バレンタインがあって、お互いの誕生日があって、普通の俺達の世代は所帯を持って、家庭を持って、子供を持って…」
由美は話を遮る様に、
「でも私、今の仕事辞めたくない。女として家政婦と同じ仕事で一生をを終わらせたくない。少なくとも今は無理よ」
「そっかあ。でも俺達もそう若くはないんだ」
「その話はまた今度にしましょ。私明日から海外だから
「そうだな。またゆっくり話そう。今日は本当にありがとう。もう12時か。付き合わせてごめん。タクシーで帰るだろ」
「うん。一人で帰れるわよ。一人で生きられるんだから。じゃあ、おやすみなさい」
私は玄関で、サンダルを履きながら由美を送った。10メートル位離れたところで私はふと心に浮かんだ事を言った。
「そう言えば明日行くっていう海外ってどこ?」
「ああ。明日行くとこ?カンボジア。ちょっとした雑用よ」
“カンボジアって確か”
「どうしたの?」
「いや。何でもない。じゃあ、気を付けて」
「じゃあね。おやすみ。出世できない弁護士」由美は笑顔でそう言った。
由美は少し大きめの通りを出てすぐにタクシーを捕まえた。
カンボジアでの雑用というのはどういった用か聞こうか迷っていたが、由美はすぐにタクシーを捕まえたので私はそのまま見送った。
タクシーは秘密を貫く意思でも持っているかの様に一定のスピードで私から離れていく。まるで、“あんたが聞きそびれたんだ、あんたが悪い”とでも言っているかの様に。
私は頭の中で、この間の本条さくらの父本条則明も我々のアポをばっくれる為に、カンボジアに行った。そう脳裏に蘇った。ばっくれるだけの理由の海外ならどこでもいい。由美の仕事も雑用と言っている。ただの偶然か。そうだ。そもそも本条則明のアポのすっぽかしも本当にカンボジアに行っていたが、そうか、そうでないかの証拠もない。我々が当日に直行便で追いかけることが不可能なカンボジアの名前を出して逃げたのだろう。
そしては私はその晩体の疲れを癒すためゆっくり休んだ。