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嘘と演技

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 私らはタクシーで留置所のある葛飾の小菅へ向かった。その間私は考えた。
“本条は逃げた。これでますます彼の疑惑は高まった。彼は指名手配されていないから、質疑に応じる義務もない。次回の機会にまたと言ったが、この分じゃいつまでたっても彼と会う事は出来ない…問題はさくらさんだ。何故彼女は本当の事を言わない。何故狂った真似をする…松井の言った利害の対立という考えに基づけば、彼女は刑が執行される間際にいや判決が出る前に、何らかの形で本当の事を言うはずだ。何か今は本当の事が言えない事情がある?彼女の計算?

 そんな事を考えているうちに、私らは小菅留置所に着いた。タクシーを降りると一人の女性がいた。霧島が、
「ひょっとして野副さん?」
 そう尋ねると、
「はい、そうです。野副結季花です」
「さくらさんの担当のカウンセラーだった?」
「はい。今もそうです」
「ちょっとご一緒してもよろしいでしょうか?」
「私は構いませんが、ここの人がなんて言うか」
 私は、
「私が弁護士と言えば大丈夫だろう」
 そう言うと、
「そうですね。助かります」
 野副さんはそう言った。
「助かるというと、あなたもさくらさんの無実を信じている?」
 私は問いただす様に、そう聞いた。
「いえ、私は何も知りません。ただ話を聞くだけに参りました。事件が起きてからの初めてのカウンセリングです。私の方にも全く情報が入っておりません。形だけの精神鑑定にならなければいいのですが…」
 野副さんはそう言った。
「そうですか、とにかく行きましょう」
 私らは受付のものに了解を得て、一人の守衛と共に中に入った。
 
 その殺風景で無機質な廊下を我々は歩いて行った。飾りがないことがこんなにも興醒めさせる事かとその時私は思った。
作品名:嘘と演技 作家名:松橋健一