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嘘と演技

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「先ほど私は確かに言いました。利害の対立と。彼女の場合刑が執行され、最悪の場合死刑だ。死ぬことは彼女にとって特にならない。だから彼女は判決が下るギリギリもしくはもっと前に何かを私達に教えてくれる。何かを伝えようとする。今やっていることはパフォーマンスかも知れない。世間の目を自分に向けてるのかもしれない。無実を信じているものを一人でも多く集めようとしているのかもしれない。ただ…」
 松井はそう言って、ある間を取り、お茶を一口、口にした。
「ただ、あなた達一つ忘れていませんか?」
「何を?」
 霧島がそう聞くと、
「本条さくらさんがクロだっていう選択肢を」
「それはないと思う」
 私が言うと、
「根拠は?エヴィデンスを見せてくれ。何故言い切れる。現にこれだけの多くの人、少なくともここに集まっているあなた達は、彼女の無実を切に信じている。彼女の錯乱のパフォーマンスも功を奏し、あなた達はただ彼女の手中にはまっているのかもしれない」
「それは…」
 霧島の弱々しい言葉を遮って、私は、
「もちろんその選択肢を完全に捨てきった訳ではない。有罪であったら話は簡単だが、もし無罪だったら。私は弁護をしていて必ず何があっても一番に守らなければいけない職務がある。義務がある」
 私は一旦松井らを見回してこう言った。
「それは、無実の人間を有罪にしてはならない」
「もちろんそうでしょう」
 松井もそう返した。そして彼は続けた。
「まあ、お互いすべての選択肢を捨てていないという点で、和解している。穏便にいきましょう。それより私は先ほど無意識という言葉を使いました。近代フロイトによる無意識の発見により、人の心の闇の部分が明らかになった。殺人事件にとって、この闇の部分は大事ですぞ」
 松井は得意げに彼の持論を述べていた。
「そして一つある著名の哲学者の言葉を皆さんに紹介したい。」
 松井はまた何か彼の引き出しの中を披露するかの様にそう言った。
「ニーチェという哲学者を知っていますか?もちろん知っていますよね。変な質問をしてすいません。ただ彼の言葉でこういう言葉があります。“神は死んだ”と」
「うん。聞いたことがある」
 私がそう言うと、
「それは良かったです。ただ私はこのニーチェの言葉を“神は死んだ”ではなくこう解釈しています。“人間は神を超えた”と」
「神を超えた…」
霧島が訝しげにそうポツリと呟いた。
 しかし松井は堂々とこう言った。
「神を超えた。そうです。フロイトやユングによって無意識の発見。研究がされ、元来神の領域であった無意識も人間の力で開拓された」
 私達は一つ距離を置いた姿勢で聞いていた。
作品名:嘘と演技 作家名:松橋健一