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嘘と演技

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「私がある40代の女性から夫の浮気調査の依頼を受けました。その依頼の時も奥さんの旦那さんに対する不満はひどく、浮気なんてするとはもう我慢できない。彼女はそう言いました。まあ、私が当然言われた通りご主人の浮気の現場の証拠をつかもうと、徹底的に調査しました。来る日も来る日も。雨の日も時には警備員になり、会社の下で車でずっと過ごした日もあった。ところがないんです。証拠どころかご主人が浮気をしている現場、その痕跡すらも、さらに深く調べた結果、旦那さんは会社が終わるや否や、奥さんに帰るコールをし、同僚とも飲みに行かず、まっ直ぐ帰るという生活しかしてないんです。半年も調査しましたが、そして私はその事実を奥さんに告げました」
「それで奥さんはどうしました?」
 霧島が松井に尋ねると、
「ヒステリーを起こしました。しばらく契約が続いているので、その奥さんと私は繋がっていました。結局旦那に愛想をつかされ、病的な奥さんと旦那さんは離婚しました」
 松井はいろいろ思おいだしているかの様に目をやや上にあげてまた言った。
「ところが報酬をもらうために離婚後の奥さんのお宅へ行ったのです。驚きましたよ。ヒステリーが治っているんです。それが依頼をした時よりもずっと生き生きと」
 彼は続けた。
「そもそも浮気なんてなかったんです。彼女はただ夫と離婚をしたかった。しかしそんな大それた事ができなかった。そしてヒステリーになることで、結果奥さんは旦那さんとの離婚を成功させた。この力はまぎれもなく奥さんの無意識の力です。無意識が奥さんのヒステリーを起こし、無意識がまるで強行手段の様に、離婚を成立させた」
 私が聞いたことがあるような話だなと思いながらも、
「なるほど。つまりは今のさくらさんの狂った姿も何らかの意味、無意識の力が働いて、その利害の対立とやらの彼女にとってのプラスになる何かがあると?」
「その通り。さすが弁護士さん。いや結城さん。職業で人を呼ぶのは失礼ですからね。それにしても話が早い。紛れもなく本条さくらさんは彼女にとって何かの為に狂った姿を演じている。それも無意識レベルでの何かかもしれない」
 霧島は、
「ではその彼女の為とは何であるかをどうやって突き止めるんでしょう?」
「待つのです」
「へっ?」
 霧島は拍子抜けしたように驚いた。
 私も、
「いや、松井さん。待つといっても私達も一刻を争う、3か月もしないうちに裁判が行われる。そんな悠長な事言ってられないんだ」
「それでも待つんです。ひたすら待つ」
「そんな事を言って有罪判決が下され刑が執行されたら…」
「それはまずないでしょう」
 松井は自身気にそう言った。
作品名:嘘と演技 作家名:松橋健一