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大坂暮らし日月抄

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芋屋の売り切りで、ほっこりしまいじゃ



 堂島川と土佐堀川とに囲まれている一帯では、久留米藩、広島藩、徳島藩、高松藩などが広々とした敷地をとって蔵屋敷を構えている。松江藩の蔵屋敷は、土佐堀川にかかる筑前橋から、右岸を少し下った位置に、それらと離れて存在していた。およそ四千坪。便宜上借地借家としている。北組惣年寄の川崎屋次左衛門が名義上の所有者であり、蔵元となって、送られてきた米産物の売掛など一切を引き受けていた。
 藩から派遣された留守居と、その家来となる蔵役人が担当する仕事は、蔵米・特産品の管理売却など会計事務のほか、藩主参勤時の御用、大坂町奉行・船手奉行らへの進物持参、江戸・京・堺などからの使者の応対、京都や方々への御用状の手配、蔵屋敷の管理・修復などがある。
 武士とともに、立入人と呼ばれる蔵元・掛屋・用聞・用達などの商人とで構成されている。


 土佐堀川に面した水御門から運び入れられた品物を、ひとつずつ確認して帳面に記載していく。四棟ある土蔵のどこに、何が、いつ入れられていったかまで詳細を記しておく。
 それらを見ていると、今年の作柄は、ここ数年の凶作からやっと持ち直してきたことが分かる。ほっと一息、人心にも余裕が感じられるようになってきていた。
 荷の運び入れに立ち会っている栗尾晴之丞は、歩み板を軽やかに渡り終えていく荷担ぎ人足の腰付きに感心しながら、彼らにねぎらいの言葉をかけるのを忘れなかった。
 かつて、天満の青物市場で船から下ろされた荷を担いで運んでいたことがある。船に渡した歩み板を一度だけ往復したが、肩に荷を担ぐどころではなかった。船は波に合わせて揺れ動き、それと呼応して動く歩み板の上を、荷を担いだ状態では一歩も踏み出せなかった。板の上から川面を覗き見ると、千尋の谷を覗いているような気がしたものである。
 その経験があるから、晴之丞は軽業師のような人足を大切に扱い、結果、評判が良かった。

 土蔵から薄暗くなっている外に出て見上げると、黒く厚い雲がどこまでも広がって太陽を隠していた。冷たい風が時折吹きつける。
「おお、さぶぅ」
 人足たちは、むき出しの腕をさすりながら船に戻って行った。船が川下を去って行くところを見送っているうちに、冷たいものが頭に落ちてきた。再び見上げると、白いものがふわふわと舞っている。
――雪かぁ。時の経つのは早いもんだな。

 眩しい日差しを受けて咲く皐が満開の、五月に大坂へ出てきたのだが、まもなく師走になろうかとしていた。
 短期間――三カ月ほどと考えていた――の加勢にすぎなかったはずだが、
「晴之丞、祝言上げて日ぃ浅いうちから嫁ごと離れて暮らすは、いろいろ厄介事もあろうがよぅ。少しの間だけじゃ。今しばらく、ここにあって励んでくれちょうや」
 そう言われ続けて、ずるずると延びてしまっている。

 故郷においてきた小雪のことを思った。
 祝言の夜も雪だった。夫婦として共に暮らしたのは、わずか三カ月にすぎない。あれほど恋焦がれていたのに一緒になってしまえば、それが当たり前だったような振る舞いをし、それが当然のことなのだという心持ちになっていた。
 こうして思い出すのも、何かの切っ掛けがあれば、のことである。
 愛しく想う気持ちに変わりはない、と思うのだが。変わったことは、思い出しては、溜息、をつくことがなくなったことであろう。
作品名:大坂暮らし日月抄 作家名:健忘真実