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大坂暮らし日月抄

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 中軍先頭の大塩平八郎の身なりは、白小袖の上に黒羽二重の紋付を重ね、銀もうるの野袴をはき、陣太刀づくりの大小を腰にさして、黒羅紗の陣羽織に、白木綿の鉢巻きをしめ、朱色の采配を腰にはさんでいた。
 与力同心と近在農民ら八十名あまりの人数が揃うと、出陣の采配が振られ、表通りに面した塀が打ちこわされた。そして、向かい屋敷の朝岡助之丞宅に焙烙玉を撃ちこみ、洗心洞にも火をかけた。

 よからぬ噂の多い与力同心の邸に棒火矢、焙烙玉を投げ込みながら天満川崎町から北に二町あまり行き、源八町から西に折れ、天神橋筋を南に曲がって、天満天神前を経て、天神橋に出た。
 
「天満橋はお城から丸見えでっさかいに避けて、船場を目指したんでしょうな」

 天神橋の橋板が、すでに東組奉行所の者に剥がされていたので、大川べりを西に菅原町河岸を進んで堀川の小橋を渡り、難波橋の袂に出た。
 その橋板を剥がそうとしていた人足を蹴散らし渡って、北浜へ。
 先陣の大将は大塩格之助、その左右に庄司義左衛門、大井正一郎が付いて今橋筋を東へ。
 後陣は瀬田済之助を大将に、高麗橋筋を東に。
 今橋筋は、鴻池屋、天王寺屋、平野屋などの大商人の店舗が続き、高麗橋筋には三井、岩城、桝屋などの大店が連なっている。
 焙烙玉を投げ込み、火矢、鉄砲を撃ちながらなだれ込んだ。
 土蔵は壊し、千両箱は叩きこわした。隊に加わっていた被差別部落民の群れが小判を奪い合うと、たちまちに四散してしまった。
 奉行所の兵は、それでも姿を現さない。
 堂島筋の各藩蔵屋敷の勤番は、火災に備え右往左往するばかり。

「風が強うて、火は、町中に広がってしもうたんですわ」
「そのせいで、わしらの店まで焼けてしもうて、なぁ」
 屋台の店主が、しみじみとつぶやいた。熱心に耳を傾けていたらしい。女房も手を休めて、深く頷いた。
作品名:大坂暮らし日月抄 作家名:健忘真実