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大坂暮らし日月抄

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如何様祈祷師



「それがやなぁ、本願寺さんの前通ったらえらい人だかりやったんよ。祭りでもないしぃなんやろぅ思うて、しゃがんで足元から覗いてみたらなぁっ」
「なんやったん?」
「なんや思う? おまじない。加持祈祷ゆうんかなぁ、髪真っ白の女の人が、足引きずったおっさんに何やら呪文みたいなん唱えたら、アンタ、そのおっさんスタスタ歩いたん、もう感動したわ」
 源兵衛裏長屋の井戸端では、数人の女たちが、野菜やら鍋を洗いながらいつものごとく賑やかに、情報を交換し合っている。
「へーっ、治ったんかいな」
「そのおっさん、ものすごう喜んどったわ。呪文なぁ、アールメーン、て唱えてただけやで」
 アールメーン、のところで立ち上がって、動作を加えた。
「ある麺てか」
「大変やったんはその後や」
「どないしたん」
 みんな作業の手を止めて、お京の顔を見つめた。お京はもったいをつけて牛蒡を洗っている。たわしでこすり終わると、一同を見まわした。
「大勢の人が列作って、並び始めたんや。うちのがき、迷子にならんよう手ぇしっかり握ってたんやけどな、やぁっと見渡せたんであたり見回してたら、幟持った男らがおって、『悩みごと解決、祈祷師 豊田貢』て書いたぁった」
 背中にくくりつけている子の他に、二人の幼子がおり、亭主は大工をしている。
 濡れたままの掌を振って、お米が割り込んだ。
「それそれ、うちも見たんよ、長堀で。おんなじ祈祷師さんやと思うけど、一回祈祷してもらうんに、百文、やて。どえらい人が、並んどったわ」
 風呂敷を抱えた小雪が帰ってきたのを捉えて、お米は声を張り上げた。
「小春さん、お帰りぃ」
「ちゃいまっせ、こ ゆ き さん。小春さんやなんて、名前まちごうて失礼な、なぁ小雪さん」
 源兵衛裏長屋で最年長の織江ばぁさんは、娘のおゆうと二人暮らしである。大店の通い女中をしている。
「すんまへん、晴之丞さんと一緒くたになってしもうて」
 お米はお尻を突き上げた。
「気にしてませんから」
 長屋の雀と言われている、魚の棒手振りを亭主に持つお米が続けた。お米自身は、知り合いの呉服屋での商いを手伝っている。
「小雪さんは、料理屋のお運びさんに入らはったんですか」
「ええ、昼間だけですけど、働かんと食べていけませんから」
「知り合いから頼まれて、聞いてみよ思うてたんですけどね」
「なんでしょう」
「小雪さんは読み書き算盤のほうは、どないですのん? 教える方」
「ま、一応は」
「町内で、子供ら相手の女せんせぇ探しとってな、前のせんせ、旦那はん見つけて辞めはったんで困ってたんですわ。小雪さんどないやろ、ゆうてたんですけど、引き受けてもらえまへんやろか」
「そらええわ。ほんならうちのがき、弟子に」
 飾り職人を亭主に持つ、てるである。てる自身は、小間物屋を手伝っている。
「うちのも」
「お京さんとこの子は、まだ早い」
「うちのもたのんまっさ」
「おばちゃんとこは、おゆうちゃん、どっちかゆうたらお裁縫の手習いでしょうがな」
 という事で、小雪は表通りの仕舞屋(しもたや)の一階の二間を提供されて、読み書きと算盤を教えることとなった。

 この当時の教育熱はすさまじかった。子は社会の宝。裕福な者が出資し、希望する子女はすべて教育を受けることができた。負担金は、貧しい者で月当たりおよそ百から二百文。それでも家内の許す範囲で納めればよかった。世界の中でも、男女共に識字率は驚くほど高かった。
 よい奉公先を得るために、女の子であれば琴や三味線、男の子には剣道の人気が高く、裏長屋住まいであっても、子どもは、手習いと稽古事で忙しかったのである。
作品名:大坂暮らし日月抄 作家名:健忘真実