大坂暮らし日月抄
茜は、有頂天になっているリュウの、心の隙を待った。
久し振りに闘いを挑んだ茜の技量よりも、今まで負け続けた己が優位にあることに嬉々とし、慢心してしまっていることを、茜は見抜いた。
鎖の届く間合いをはかりながら、リュウの周りを、ゆっくりと回る。
それに合わせてリュウも、微塵の回転の勢いはそのままに、細やかに平衡を取りながら、ゆっくりと足を動かし、その場で回った。
振り杖を支えている右手で、薬包紙を取り出す。薬包紙には、導線を装着している。それを左手に持ち替え、振り杖をしっかり握ったまま、導線を、打ち竹の中に入れ火を付けると、気付かれないように、リュウの近くに放った。すぐに、毒除けの口覆いを、鼻の上まで上げた。
同じように、繰り返して薬包紙を放る。
薬包紙の中で燻された薬の昇気は、やがて空中を漂い、リュウを取り巻いた。
「クッ、茜がっ・・・ホントの茜は、どれだっ」
分身の術。幻覚の薬効が効いたらしい。
その場で回転していたリュウが、
「そこだっ」
と叫んで、大きく踏み出すと、微塵を放した。
微塵は、あらぬ方角へ飛んでいった。
茜は、即座に振り杖を突き出すと、中に入っている鎖に繋がった分銅が跳び出した。それを斜めに、斜めにと、振り上げながら前進した。分銅は、弧を描くようにして跳び出す。
「おっとっ、とっ」
リュウは、連続して後転し、滝つぼに落ちた。
茜は、吹き矢を取り出して、いつでも攻撃できるように構え、滝つぼから川に沿って、視野に入れた。
水嵩はいよいよ増し、流れの勢いも強くなってきている。
人影が、滝つぼから、石畳に上がろうとしている。
ヒュッ。
肩に当たったか。
その人影は、身体をそらせるようにして、水中に沈んだ。
しばらく待ったが、気配は途絶えたまま。
滝の、勢いよく落ちてくる水流に巻き込まれると、自力では浮き上がることはできない。
そこまでを見届けると、安堵して立ち上がり、そのまま踵を返した。振り杖を拾い上げて、滝川に沿って下ろうとした。