大坂暮らし日月抄
森の中を駆け抜け、川の上流部、岩肌が露出している上に至った。
森に入る時に上空を覆っていた黒い雲は、薄くなっていた。はるか天空に存在するわずかな光が、漆黒の闇を和らげている。
闇に馴染んだ目は、あるかなしかの天空の明かりによって、物の輪郭を、一層確かに捉えることができた。
川に浸かって、横切った。
緩い傾斜の岩肌を下っていくと、百畳はあろうかと思えるほどの広さを持つ一枚岩が、平坦部を作り出している。
ここを、新たな闘争の場とするつもりだ。
「フン、やはり、ここか」
声に振り返ると、リュウは、滝つぼから上がってきた。
「ワシに、目潰しは効かん。いや、少しは効いたか、目が、まだ痛い。いやはや、ひどい目にあったわい。頭巾のお蔭で助かった。それにしてもおヌシ、鼻が利くのぅ」
「狼の臭いに、騙されるところであった」
「ああ、うまい具合に行き合ったでな、役立ってもらった。獲物を狙う狼になった気分で、ワクワクしたわぃ」
油断させるために、殺した狼を担いで茜に近付いたのだ。
「おヌシとの技比べ、たのし」
言い終えないうちに、“微塵” という鎖物を取り出し、頭上で回転させた。中心の指を入れる輪のまわりに、三本の、分銅の付いた鎖がぶら下がっており、骨を砕く力がある。
ヒュッ、ヒュッと音立てて回転させ、前後左右に、小刻みに足を運んでいく。身のこなしが軽やかで、たのし、との言葉通り、笑みを浮かべているらしい。
一方、茜は顔をこわばらせ、振り杖を、左腰に密着させて構えた。
一歩踏み出して突きを入れると、すぐに引いた。身体が力んでいることを、自覚した。柔軟に動くために肩をほぐし、強く噛みしめていた奥歯を、弛めた。
「ほう、余裕だな」
茜の動きを注視していたリュウは、左手で平衡を取りながら、頭上から右横、再び頭上に上げると左横と、微塵を細やかに動かしつつ、間合いを詰めてきた。
――あんなに振り廻していると、すぐに疲れが出ように。乱れが出たときっ。