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大坂暮らし日月抄

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 晴之丞は、“三井越後屋” と染め抜かれた法被を羽織って、買い物に訪れている人々の間を縫って歩きまわっていた。同じ役の者が5人もいる。
 表間口が三十六間(約65m)あり、前は七間(約12.6m)あまりの大通りに面している。
 お店の一角には、蒟蒻や千切り大根や豆の煮売りとは別に、店内で飲食できる居見世もある。午時には、人の群れでごった返している。
 三井越後屋の土間にも人があふれており、手代が言いつけた反物を丁稚が棚から出して来て、女客の前で広げて見せる。女客は、それを鏡台の前であてがって物色しているのだが、晴之丞が通りがかるたびに呼びとめて、同じ言葉が繰り返される。
「ねぇ貴方ぁ、これぇ、どう思う?」
 どう思う? と問われてもどうも思わないのだが、目を合わせると、濃い化粧の年増女がニッとした途端に口入屋九兵衛を思い出すので、顔は見ないようにしている。さっさと決めて買えばよいのにと思うばかりで、初めの頃は、視線をその反物に当てて、黙ったまま首を傾げていた。
「似合わへんのかしらん。丁稚どん、別のん見せとぉくれぇな」
 などと言っている。
 手代がそばに寄ってきて耳元で囁いてからは、なるほど、そうゆうものかと合点がいった。
「うむ、よく似合っておる」
 それだけのことで、客の回転がよくなったのである。

 三井越後屋では、反物を売ると同時に仕立てをも請け負っているので、富裕層だけではなく庶民にも人気が高い。どこよりも先駆けて、反物の仕立て販売を始めている。
――不況の世にあっても、商売の仕方によっては繁盛するものだな。
 晴之丞は、大坂商人のしたたかさを感じた。
 また、女性の、身に着ける物に対する執着も感じた。
作品名:大坂暮らし日月抄 作家名:健忘真実