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大坂暮らし日月抄

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「これはお珍しい。もうお呼びじゃないと思うとりましたが」
 前から薄暗かった屋内だが、一層暗くなっている。油を倹約し、外から差し込む光だけが頼りなのだ。口入屋九兵衛の顔の頬が少しこけて、鼬のように見えなくもない。それでも口達者は健在だ。
「商いは、どうだ」
 ふたりの男女が、憔悴しきった様子で出て行ったところである。
「御覧のように、仕事を求めてやって来る方は多いのですがねぇ。先様が無くてぇ」
 探るような目付きをして続けた。
「栗尾様の寺子屋は、相変わらずご盛況なんでございましょ」
 晴之丞は答えずに、辺りを見廻していた。間をおいて、九兵衛は笑いながら言った。
「そうそう、いつの間にやら、天満市場の荷担ぎをされてたんでしたなぁ」
 皮肉がこたえる。鼻の横をさすって九兵衛に目を据えた。
「知っておったか。そうなんだが、人足が余ってきておってな」
「人手は余ってきているにもかかわらず、手間賃のかからない子供が仕事に使われているご時世ですからなぁ。世も末でございますよ。女子供を求めて、手配師が暗躍しているそうにございますよ」
 ふたりは同時に溜息をついた。
 手配師を介して子供が働くということはほとんどの場合、全国を渡り歩いている軽業師などに身売りされたか、いかがわしい商売の下働きに出されることを意味している。女に至っては言わずもがな。
 九兵衛は、眼鏡を押し上げて袖を当てると、
「歳とると、ハァァ、目の具合が悪ぅなってきますなぁ」
と言い訳しながら、小机の下から分厚い帳面を取り出した。
「お仕事を求めて、来られたんでしょ。ちょうど良うございました。あるんですよ、お侍さま向けのが。昨今はね、お店奉公や人足仕事はほとんどないんで、ございますけどね」
 晴之丞が何も言わないうちに、帳面を繰り出している。

「ああ、これこれ。大店ですよ、より取り見取り。三井越後屋さん、天王寺屋さん、住友さん、加賀谷さん。鴻池屋さんはひと月前に決まったとこでして。ああ、用心棒ですよ。銭箱やら商品をね、ひったくって逃げる者が後を絶たない、と。銭を取って逃げる奴を追いかけて行くと、その隙に別の者が商品をかっぱらって行く、と。鼬ごっこですな」
「委細としては、何をすればよいのか?」
「強面で、店先に立っとればよろしいのでしょうなぁ」
 九兵衛は、晴之丞の顔をしげしげと見つめたが、口端を下げて言った。
「まぁ、しかめっ面をして立っていなされ。委細は先様でお問い合わせくださいませ。そうでんなぁ・・・三井越後屋さんに決められてはいかがで? 高麗橋一丁目で、呉服を商っておられます。両替屋もなさっておられますがね、布地や小物をかっぱらっていく者が多いそうで」
 質屋や両替商は向いていないでしょうな、という含みが感じられる言い方である。
 こうして、晴之丞にとって初めての用心棒を引き受けた。

 富者はますます富み、貧者はどうあがいても、日々の生活を成り立たせるのに精いっぱいである。それも平均的な町民のことであり、戦でもない時に、平穏な暮らしが成り立たなくなっていく者が、巷にあふれるようになってきていた。
作品名:大坂暮らし日月抄 作家名:健忘真実