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大坂暮らし日月抄

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「なんで追手が来ないのか、だぁ? 脱藩したお主を、か」
「そうだ。知らせはあったんだろう?」
 松江藩の動きが気になって、平野晋作を呼び出した。
 曽根崎のような高級処ではなく、堀江の大衆酒場である。仕事を終えた人でごった返していた。喧騒の中で、こういう話をしていても聞き耳を立てている者はいない。
「堂島の屋敷の方に問い合わせはあった。お主が大坂に出てきて、まもなくの頃だ。だがそれ一回きり、だったな。人がおらんのだ。ぎりぎりの人数で政をつかさどっているからな。それに、お主に匹敵するような腕の者はおらん。少しでも出費を切り詰めねばならん時、余計なことに経費はかけられん」
「捨て置いてもかまわん程度の人物、といったところか。刀を切り結ぶ必要が無いのはありがたいが、なんとゆうのかな・・・ないがしろにされているとゆう、寂しさがある」
「祖母様の力が働いているらしい」
 晴之丞は、怪訝な表情をした。運ばれてきている皿にほとんど手をつけていない。酒で少し、喉を湿らせた。
「あの祖母様に、そんな力があると申すのか」
「なんだ、知らなかったのか。江戸家老と国家老との間に、祖母様がいた。祖母様も昔は、娘だったのだぞ。利発で、美しかったそうだ。いやっ、今も、お美しい。で、詳しいことは知らぬが、昔な、話好きの母上からそのようなことを聞いた覚えがある。ま、噂話だがな」
 顔を赤くした平野晋作は、忙しなく箸を動かして咀嚼し、猪口を口に運んでは飲み干して、手酌している間に話をしている。
「他にも聞きたいことがあるんじゃないのか。今さら、追手の話でもないだろうが。もう1本、注文しても、よいかな」
「ああ、これも食べてくれ」
 なめらかな口になっている晋作に、前に置かれたままの、野菜の炊き合わせが入った器を押しやった。

 結局、朝日重邦の娘という以外、小雪に関する情報は得られなかった。
作品名:大坂暮らし日月抄 作家名:健忘真実