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大坂暮らし日月抄

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 高井山城守近習の者と妻女、小太郎と世話係のみの出立であり、奉行所前での見送りは遠慮するように言われていた。
 京回りで陸路、帰府することだけ耳打ちされていた。
 この年の六月末の朝方に襲った地震は、京に大きな被害をもたらしている。多くの家屋が倒壊し、東寺の塔の倒壊や御所の火災まであり、加茂の川原が避難所となって、戸板や丸太を組み立てた屋根に四方を筵で囲った小屋が、所せましとひしめいているという状況を視察して帰るというのである。

 西国街道筋の守口宿の手前で、一行の通過を朝早くから待っている晴之丞は、稲の実りを眺めていた。昨年より、実入りが幾分悪く思われる。再び、不作の年となる気配が見て取れる。
 大坂の裏長屋に住まっていても、ご政道に関する噂話は聞こえてくる。人の口に戸は立てられない。
 一昨年の越後の大地震や昨年の江戸での大火。昨年の安芸・長門での打ちこわしに続いてこの春には、伊予で百姓一揆があった。
 昨年諸国は大豊作であったと聞いているが、近年のうち続く天災地変には、焼け石に水、といったところか。
 松江の祖母様、いかがお過ごしなのか、この機会に密かに見舞ったが良いかもしれぬな、などといつものごとく思案にくれながら一行の通過を待っていたのである。
 稲穂が大きく揺れた。強い風が吹き抜けていくが、白井孝右衛門の小屋は、こうして待っている身には有り難い。

 犬の悲しげな、必死に訴えかけているような高い声が聞こえてきた。一行の姿はまだ見えないが、小太郎は、風にのって運ばれた自分のにおいを捉えたに違いない。いつもにない扱いに、恐れのようなものを抱いているのだろうか。
 姿を見せるわけにはいかない。自分の姿を認めたなら、竹籠に入れられて運ばれている小太郎は籠を引っ掻いて担いでいる人足を惑わし、あるいは壊してしまうかもしれない。
 元気とはいえないが小太郎の声を聞けたのだから、その声を心の裡にしまって、このまま立ち去ることにした。
 小太郎、共に過ごす時間を持てたことに感謝する。
 すべてが楽しかった、とも言えないが、実に充実していた。
 最後の日には話しかけながら、長い時間を歩き回り念入りに毛繕いをしてやった。いつもとは違うことを感じ取ったのかもしれない。小太郎も念入りに舐めまわしてきたので、したいがままにさせておいた。
 小太郎とよく歩いた道。そして、この川原で・・・。
 おてるが言っていた伊勢地宿周辺を、一度当たってみようか。小雪の痕跡があるかもしれない。
作品名:大坂暮らし日月抄 作家名:健忘真実