大坂暮らし日月抄
「晴さん、大根炊いたん、食べてんか。今朝炊いといたよって、味がよう沁みておいしおまっせ」
大きな丼鉢を抱えて入ってきたのは、隣の織江ばぁさんだった。
ちょうど、朝作ったみそ汁を温め直している時であった。
「いつも、かたじけない」
「今日はえらい人助け、してはったなぁ」
鍋の中をかき回していた手を止めた。
ああこれで、長屋連中の耳に入ってしまうのかと、わずかながらに怖さを感じたのである。
「あれはなぁあんた、芝居でっしゃろなぁ、親分さんと掏りが共謀(ぐる)になっとって」
「ばぁさんは、どこかで見ておったのか」
お玉を持ったまま、山のように盛られた鉢を受け取った。
「はいな。米屋におりましてん。ほんでな、犯人にされた人と盗られた人と番屋に連れてって、なんやかんやゆうてふたりから、なんぼかの金子を巻き上げよるんや。ほんに、困った役人が増えてきよったなぁ。あんなんに関わったら碌なことおませんで、気ぃつけなはれや。近頃の坊主と役人は、業突く張りばっかりになってしもてかなわんわ。ほんでなぁ、坊さんのほうはやな……」
織江ばぁさんの話が長々と続きそうだったので、どうにか遮った。
鍋を火から下ろすと、
「急に催してきたから」
と言って、厠を口実にしたのである。