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大坂暮らし日月抄

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 口入屋からの帰り道。
 小太郎を歩かせている時にでも、一度、大塩とかの屋敷の前を通ってみようかと、夕暮れ前の賑わいある表通りを、いろいろと思案しながらぶらついていた。
 店を構えている青物屋や魚屋の前には、店主の威勢の良い掛け声と客との面白いやり取りを期待した見物の人だかりができている。その客が去ると、見物人の中から新たな客が現れてくるのである。そういった客は、しばらく、途絶えそうにもない。

 お米の亭主のことに思いが及んだ。
「魚の棒手振りから一軒の店を、はよぅ構えたいもんだんなぁ」
と言った後笑いながら、
「夢物語でんがな」
と付け足すのを忘れなかった。
 ふたりとも毎日の晩酌をどうしても減らせずに、金が一向に増える気配もない、といったことをしょっちゅうぼやいている。
 例のごとく、「砂地の小便でっさ」とか「赤子の行水で」などと、頭を掻きながら言われて、その意味を長いことかかって考えた。
 その意味するところが閃いた時、なるほど、大坂の人はうまくたとえて言うものだと、感心仕切りだった。
 砂地の小便は溜まらない、つまり貯まらない。赤子の行水は盥で泣いている(足らいで泣いている)、つまり資金不足。

 総菜屋も繁盛しているものだ。鍋を持った人がひっきりなしにやって来ていた。男も女も多くは仕事を持っていて、煮炊きして毎日の食事をこしらえるのは大変なのだ。飯は朝、まとめて炊いておくもので、夜は漬物と、朝の残りの味噌汁を温め直した汁かけ飯、といったものが町の多くの人にとっては定番のことらしい。たまに、買って来たお菜が付く程度のものだ。

 その隣は、合薬屋の肥後屋。『ウルユスあります』と書いた紙が入口に貼り出してある。何にでも効くといっているが、下剤である。『空ス』をばらして『ウルユス』なのだとか。奥には中庭があってさらに奥が続いている、と聞いている。つまり町一番の金持ちであり、町役人を任じている。総菜屋の隣にあるのが、皮肉っぽいが、総菜屋が肥後屋から店を借りているのだとか。
 長屋の連中が、聞きもしないのに一方的に語ってくれる。

 しばらく行くと骨董屋がある。隠居といった風体の老人が店先の台上に、番頭らしき男になん本もの掛け軸を広げさせて、見比べている。馴染みらしく、外の光で色合いを確認しているのであろうか。不況などといっても、あるところにはあるものである。
 老人は巾着を懐にしまうと、掛け軸を巻き戻している番頭に二言三言何事かを述べて、ゆっくりと歩き出した。
作品名:大坂暮らし日月抄 作家名:健忘真実