大坂暮らし日月抄
その帰り道、草叢から急に飛び出してきた猫を見つけると小太郎は駆け出した。その弾みで前に大きく踏み出した瞬間、頭のすぐ後ろを、切り裂き音を残して飛び過ぎた物があった。思わず綱を離して身を沈め、辺りを窺いながら刀の鍔を押し上げた。
一筋の草叢が揺れていき、そして静かになった。その方を凝視する。
小太郎は、その飛んできた物が落ちているところにすっ飛んで行き臭いを嗅いでいたが、食べ物ではないことを知ると戻って来て、まだ跪いている晴之丞の顔を舐めた。
曲者の気配がなくなっていることを確信して飛んできた物体のところへ行くと、それは棒剣であった。忍びの者が使っている手裏剣の中でも、殺傷力が高い。手に取って確かめた。毒は塗られていない。手拭いでくるんで、胸元に入れた。
もし、小雪が忍びの者とすれば、自分の命を狙っている者とすれば、とっくに殺られているはずだ。ならば今、狙いを定めてきた者は、自分の居場所を最近知って襲ってきた者。
藩の捕り手ではない。もしそうであれば、晋作が情報を与えてくれるはず。それに、忍びを使うはずはない。
江戸家老の朝日様、か。朝日重邦の心裡を知っている自分の存在は、歯痒いに違いない。だが、しかし、小雪は、朝日に縁(ゆかり)のある者、なのか? 今こそ明らかにしておかねば・・・。
またしても、小雪が自分と起居を同じくする不思議を思った。