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大坂暮らし日月抄

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 大店から、押し込み強盗の被害届が続けざまに出された。盗賊の一団が押し入り、家族・奉公人を縛り上げたというのだ。盗まれた物は大したものではないからと明らかにしなかったのが、不審ではあった。
 被害はほとんどなかったと言われても、捨て置くわけにはいかない。
 同心、常供(奉行所の指図を受けて市中や近郷を巡回し、隠密の役目を果たす者たち)を総動員して探索・見廻りを強化したが、成果は上げられずにいた。
 目撃者がいないのである。
 各町木戸は、四ツ時(10時ごろ)には閉じられる。
 犯行時間は、誰もが寝静まっている、深夜であった。町木戸が破られたという報告はない。
 東組奉行高井山城守実徳の信任が篤い与力大塩平八郎は、従来のお役目に盗賊役が加えられた。
 大塩平八郎が被害届の申し出があった場所を吟味すると、すべて川沿いに位置している。勘定方の磯長太一郎、盗賊改め役の寺西与之助らに川沿いの探索を命じた。
 八百八橋の大坂、と言われているだけに、川は町中を縦横に入り組んで流れている。淀川支流に中津川、曽根崎川、堂島川、土佐堀川、安治川、他に尻無川、木津川、江戸堀川などがある。また、掘割の東横堀川、西横堀川、道頓堀川がそれらと繋がっており、どこに出没するか推察は難しい。
 船を操って働いている盗賊とすれば、大掛かりな組織ぐるみであるに違いない。
 大塩平八郎自身も毎夜、川に小舟を浮かべて行き交う船を調べ、探索に当たっていた。次に狙われそうな大店を絞り込んでいったのである。
 
 そうしたある晩、暗闇の中を、川面を静かに滑って行く不審船と出合った。灯りをともしていない、荷足船である。
 大塩平八郎は、同乗している同心に合図を送った。同心自ら小舟を操り、荷足船の後方を付けた。思った通り、大店の裏口に通じる場所に停まった荷足船から歩み板が渡され、裏口をこじ開けて、数人の男が中に消えていった。
 船には、盗賊ひとりだけが残っていた。仲間が消えていった先を、目を凝らして見つめている。船の後方から忍び入った役人には、気付いていない。後ろから首を絞め、手拭いを噛ませるとすばやく縄を打って、その者ひとり捕らえて、小舟で連れ去った。
 同じ日の、まだ明けやらぬ時間から、その者を締め上げて白状させた隠れ家を取り囲んだ。安治川口の中州にこっそりと建てられた、掘立小屋である。
 大塩平八郎は槍を携えて中州に降り立ち、采配をとった。
 捕り手たちが小屋を取り囲むと、気配を察した男たちが飛び出してきて刀を振り回した。
 最も手強そうな大きな男と、大塩平八郎は槍を持って対峙した。大塩平八郎は、玉造口の与力柴田勘兵衛の道場に通い、佐分利流では、上方一の腕を持っている。

「その時の戦いぶり、私も見とうおましたなぁ。同心の旦那に聞いたんですけどね、みんな固唾をのんで、見惚れていたそうにございますよ」

 すぐにでも引き払おうとしていたらしい小屋の中には、山のように積まれた見事な壺や美術品、織物、宝石に混じって、竹籠に押し込められ糞尿にまみれた、弱々しい犬が混じっていた。
 盗賊たちは、瀬戸内海の島々の貧しい農漁民で、日々の生活の糧を得るのに苦しんでいたという。
 ご禁制の品物ばかりを盗んでいたのは、ご禁制品の所有、売買は厳しいお咎めがあることから、訴え出るものはないと睨んでいたのだろう。裏社会では、高額で取引されていたのである。また、賄賂にも使われていたらしい。

「盗品の中に犬もおった、ちゅうことでんなぁ、可哀想に」
「何が可哀想なんだ」
 狸と犬は同種だから気が通じるのかも、と思って聞いたのである。
「だってそうでんがな、元の飼い主のとこに戻りたいんと、ちゃいますか」
「飼い主が名乗り出なんだそうだ」
「雨降りの太鼓でんなぁ」
「はぁ?」
「ドン鳴らん(どうにもならない)」
 ちょうどその時、客が入ってきた。
作品名:大坂暮らし日月抄 作家名:健忘真実