からっ風と、繭の郷の子守唄 第6話~第10話
目の前に、赤い大鳥居が迫って来る。山頂に鎮座する、赤城神社の象徴だ。
大鳥居をくぐると周囲の様子が、目に見えて変ってくる。
点在していた民家や、商家の姿が消えていく。
遠くに見えていた農家も、登るにつれて、視界の中から消えていく。
かわりにあらわれてくるのは、どこまでも広大につづいていく牧草地だけだ。
遠くに、赤い屋根の畜舎が見える。
貞園が、コンコンと康平のヘルメットを叩く。
「あ・・・インカムでお話が出来るんだから、合図の必要はありませんね。
景色がいっぺんに変わってしまいました。
農地も見えなくなったし、牧草ばかりが目立ってきました。
作物が育たない高地まで、私たちが登ってきたということなのかしら」
「この辺りでやっと標高は、350mを越えたくらいだ。
作物が育たないわけじゃない。
水が問題なんだ。斜面ばかりのこのあたりに、川は無い。
頂上湖の大沼は、周囲を高い山に囲まれている完全な形のカルデラ湖だ。
大沼から流れ出す河川は、実は、一本も無い」
「え。赤城の大沼から流れ出る河川は、一本もないの?」
「あふれ出ないかぎり、静かに地底へ浸透していくだけだ。
水源の森はたくさん有るが、頂上湖から流れ出る河川は、1本もない。
中腹から湧き出した伏流水が、南の斜面に、数本の川をつくりだしている。
しかし大河は無い。みんな、ささいな規模の小さな河川ばかりだ」
「ふぅ~ん。こんなに大きな山なのに、大きな川は無いのか。
水源がないということは、たしかに、農業するには不向きですねぇ」
「放っておいて育つのは、牧草かトウモロコシ、特産のコンニャクぐらいだ。
農産事情に気がつくとは、田舎暮らしの経験があるのかい?貞園には」
「ふふふ。当たらずとも遠からずです。
私は、台湾の田舎で育った、普通の勤め人一家の長女娘です。
悪かったわねぇ、田舎で育った安いワインで。
余計なことを言うんじゃなかったわ。馬脚を出すというのかしら、
こう言う場合・・・・
傷つくなぁ~、乙女の清純な、この胸が」
中腹部を東西に走る国道353号(別名・風街道)と交差するあたりから
赤城山の景観が一変していく。
貞園が口にしたように、農業地が視界の中から消えていく。
前方にひろがって来るのは、草の草原ばかりになる。
右カーブの手前で、乗馬体験ができる「群馬県馬事公苑」があらわれる。
カーブを曲がったあたりから、道路に、焼いたトウモロコシの匂いが
漂ってくる。
「富士見地区グルメ街道」とも呼ばれる中腹部に、焼きトウモロコシの
売店が軒を並べている。
そばやうどんを売る休憩施設の姿も増えてくる。
作品名:からっ風と、繭の郷の子守唄 第6話~第10話 作家名:落合順平