からっ風と、繭の郷の子守唄 第6話~第10話
「と言う事は、こうしてヘルメットを被ったままで、わたしたちは、
周囲から気づかれることも無く、愛をささやくことができる
ということかしら。
洒落ていますねぇ。こんな真っ昼間から、耳元でアイラブユーが
ささやけるなんて。
そうとわかれば康平クンの耳は、すっかりわたしの独り占めだ」
「君が望むなら、それも可能だろう。
それよりなんだ、さっきは俺に、何かを聞きたかったようだが」
「ああ・・・それそれ。肝心なことを聞き忘れていたわ。
さっきから見えている看板の、『ひがしのくに文化と歴史の街道』というのが
気にはなるんだけど、道路地図でも見たことは無いし、
まったく初めて聞く名前ですねぇ」
「ひがしのくにじゃない。
東国文化歴史街道(とうごくぶんかれきしかいどう)と読むんだ。
特別の街道が存在しているワケじゃない。
県内に点在している歴史的な名所や史跡、遺跡などへ通じていく
連絡道路を総称して、そんな風に呼ぶ。
幹線道路の国道17号と国道122号、国道353号、国道354号などへ接続していく、
間道や枝道のことを指しているんだ」
「なんだ、そういうことなのか。
関東平野の真ん中なのに、ひがしのくに、という意味が良く分からないわ」
「東国は、関東から発祥した、源氏の武士たちのことを総称している。
江戸幕府を作った徳川家康の発祥地は、新田義貞が誕生した群馬県東部の
新田の荘(にったのしょう)の中に有る。
足利幕府を興した足利氏は、新田の荘と川を隔てた対岸の、栃木県足利市。
京に都をおいていた朝廷は、関東以北の東北地方を制圧するために、
軍事拠点と交易のための街道を、関東平野の中に設置した。
それらの太古の道も、『東山道』や、『東国街道』と呼ばれている。
東国武士たちの発祥の地を総称して、ひがしのくにと呼ぶ」
「へぇぇ・・・・居酒屋の料理人のわりに、歴史の詳しいのね、康平クンは。
で、今走っているこの歴史の道は、いったいどこへつづいていくの?」
「この道の起点は、前橋市の千代田五丁目。
そこから赤城山の山頂まで一直線に結んでいく、県道4号線だ。
いま説明した東国文化歴史街道のひとつさ。
赤城山の最高到達点までの、22キロの山道を一気に駆け上がる道だ。
赤城山は、きわめてなだらかな長いすそ野を持っている。
22キロ先の頂上までの道は、一度も途中で下る事が無い。
登るのにつれて、道も急勾配になっていく。
ヘアピンカーブが連続してあらわれる、登りの難所も有る」
「なんだか、前途多難を思わせるような山道ですねぇ・・・」
作品名:からっ風と、繭の郷の子守唄 第6話~第10話 作家名:落合順平