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康介の饅頭

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 暖簾をくぐると、小さな部屋があった。甘い匂いがきつくなる。ここで菓子がつくられているのだろう。象牙色の机のうえに、菓子を伸ばす細長い棒を見つけた。その棒で尻をぶたれるのを想像して、康介は縮みあがった。
 しかし、店員は棒をそっと押し退け、代わりにサッカーボールほどの大きさの白い塊を台にのせた。一度奥に引っ込むと、小ぶりの椅子を持ってきて、台の前に置いた。
 手振りで指示され、康介は椅子に上がった。そうすると、台が胸のあたりにきて、白い塊に手が届くようになった。
 康介は手を伸ばして、塊に触れてみた。塊は饅頭の外の部分だった。適度に弾力があって、康介の指を押し戻す。
 店員が鍋を持ってきて、饅頭のたねのそばに置いた。鍋の蓋を開けると、なかにはじゅうぶんにこされた餡がたっぷり入っていて、康介は唾を飲み込んだ。
「見ていなさい」
 店員は康介の隣に立って、饅頭の塊を毟った。ゴルフボール大の饅頭を左手にのせて伸ばし、右手の親指で中央を軽く圧した。できた窪みに餡を添え丸めると、懐かしいあの饅頭の姿になった。
「やってみて」
 康介は小さく頷き、見よう見まねで饅頭を丸めた。必死ではあったが、できたのは店員がつくったものとは似ても似つかぬ代物だった。不恰好に歪み、あちらこちらから餡がはみ出している。
「不器用だなあ、やっぱり」
 怒っているというよりも、嬉しそうな口ぶりだった。康介が首をめぐらせると、店員は照れたようにはにかんだ。
「康介くんのお父さんは、昔、この店で働いていたんだよ」
 初耳だった。それであれほど自慢をしていたのだと思った。
 康介は店員に教わりながら、何個も饅頭をつくった。あとのほうになってくると、はじめの頃よりもずっと饅頭らしいかたちになってきた。
 店員は康介の丸めた饅頭を蒸し器に入れ、出来上がると、ていねいに箱に詰め、紙袋に入れて、康介に差し出した。
「350円だよ」
 そんなはずはないと思ったが、店員の口調には抗いがたい力があり、また康介の頭にも、自分のつくった饅頭を差し出したときの父の顔がすでに浮かんでいた。
 康介は店員に礼をいって、店を出た。その頃にはもう日が落ちかけていたが、一刻も早く病院に饅頭を届けたかった。
 しばらく行って振り向くと、店員が外に出て、手を振っていた。康介は店員に手を振り返して、走り出した。
 康介が持ってきた饅頭を見て、父は吃驚した。康介は得意になって、店でのできごとを話して聞かせた。饅頭を盗もうとしたことは黙っていた。饅頭が蒸しあがるのを待っている間に、店員にそういわれていたからだった。
 しかし、ぶざまに歪んだ饅頭を口に入れた父の目から涙が落ちるのを見て、康介はぎくりとした。秘密がばれてしまったのかと思ったからだ。
 おいしくないかもしれないけどというと、父は何度も首を振った。おいしい、おいしいといいながら、饅頭を次々と口に入れた。
 変なの。康介は思った。お父さんたら、いつもは、男は泣いてはいけないといっているくせにさ。
 病室の窓から見える空では、夕陽が沈みかけていた。



おわり。
作品名:康介の饅頭 作家名:新尾林月