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まつやちかこ
まつやちかこ
novelistID. 11072
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in my heart

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 それはしごく当然のことなのに、どうしてだか、ほんの少し心が重くなる。
 別に、誰が悪いわけでもない。あの「先輩」さんも、彼も、自分の気持ちや考えにしたがった上での言動なのだから、少なくとも第三者から見て納得はできる。
 ーーなら私は、どうしてこんなことをしているんだろう?
 当事者としても第三者として見ても、今の状態が納得のいくものとは思えない。あの時、彼の「付き合う?」という言葉に対して、どうして私はうなずいたのか。
 さっきみたいな、そうするしかない気持ちや状況とかではなく、断ることは容易にできた。むしろ、断るのが私にとっては普通の、当たり前の反応だっただろう。知り合い、友達に近い相手として彼をとてもいい人だとは思っていたけれど、決してそれ以上の存在ではなかったのだから。
 彼だって同じ認識だったはずだ。彼が心の底から本気であんなことを言ったのだとは少しも考えていない。強いて言うなら彼の性格上、あの時はかなり落ち込んで見えたであろう私を放っておけなかったんだろう、きっと。
 二人ともあの日の前日に偶然、高校の時から付き合っていた相手と別れたばかりだったから、まだ寂しい気持ちのある時期だった。彼は確実にそうだっただろうし(見ていた限り、倉田さんとの仲はずっと良かったから)、私も、自分でも意外なことに、少しは寂しさを感じていた。
 ……いや、寂しさというよりは、もっと単純な空虚感だったかもしれない。元彼とは2年以上付き合っていたけれど、私は最後まで、相手を本気で好きにはなれなかった。だから、そのことに対する自己嫌悪の方が、圧倒的に強かった。
 そういう意味であの時、落ち込んでいたのは確かだ。でも誰かに頼りたいとかなぐさめてもらいたいとか、そんなふうには思っていなかった。なーちゃんには『誰かにすがりたかったのはわかるけど』なんてことも言われたけど、そういう考えが初めからあってうなずいたわけじゃない。
 彼の言葉を、差し伸べられた手のようにまったく感じなかったか、と聞かれれば完全否定はできないけど……なんていうか、そういうのとはまた違う意味で、彼の言葉に嬉しい気持ちを感じたのだ。自分でも不思議な、元彼と別れて寂しいと思ったのよりもさらに、意外な感情だった。
 彼が本気で言っていないとわかっていながら、なおかつ彼を特別に好きなわけでもなかったにもかかわらず、付き合うかと言われて嬉しかったなんて、どんな理由でだったのか。
 あの日からずっと考えているけれど、正直、今でもよくわからない。ーーでも、彼が「誰が見ても格好いい、モテる人」であることと無関係ではない、という気はしている、少し。
 形だけでも「付き合う」ことで、彼と一緒にいる時間は前よりもずっと増えている。だから、彼が女子に人気がある理由も日々、前よりももっと近い距離で、強いインパクトで見えてしまうのだ。気遣いのできる優しい人という点はもちろん、今この時、隣を歩く彼の背の高さとか、私の手を握る彼の手の大きさとか、見上げる横顔の整った具合とかを、どうしても意識させられる。ただの知り合いだった頃は、たとえ同じくらい近くに寄ることがあっても、特別気にした覚えのない事柄ばかり。
 いや、今だって気にする必要なんかまったくないのだ。彼の気持ちも私の気持ちも、半月前までと何も変わりないのだから。
 なのに、一緒の時間が増えたからって、どうしてこうも意識するんだろう。彼が「男子」であることを。
 手を握られたり、気遣いを示されたりするたび、なぜ緊張してしまうんだろうか。深い意味があるわけじゃないとわかっているのに。

 あの時、本気でないのをわかっていながら嬉しいと感じたのはーーすごく人気のある彼が、どんな経緯であろうと「私を選んで」くれたから?
 あの時の彼の目が、ほんの一瞬でも「本気」を錯覚させるほどに、真剣に見えたから?

 ……そんな感情が私の中にあるなんて、これまで思いもしなかった。けれど本気でない「告白」をされて嬉しく感じるなんて、そういうふうにでも考えないと説明できない。彼がどれだけモテる人であろうと、私自身は、そういう目で見たことは一度もなかったのだから。
 元彼、同級生だった大村くんが告白してくれた時は、少なくとも向こうは本気だったと思う。冗談でそういうことを言うタイプじゃなかったし、だからこそ、告白されたこと自体を照れくさいけど嬉しいと思ったのだった。今思えばもっと考えて応えるべきだったろうけど、付き合い始めるきっかけとしては、特に不自然じゃなかったはずだ。
 なのに彼に関しては、そのきっかけすら自然とは言えない。彼も真面目な人だから、言葉自体は冗談ではなかったとしても、感情はあの時の雰囲気に左右されたのだろうと思う。しかも私は私で、そのことをわかっていながら、自分でもにわかに理解しづらい感情のなせる業で、うなずいたのだ。
 複雑な思いに沈んだまま、顔を上げる。構内を北から南に貫く、敷地を講義棟側と学生会館その他施設側を分ける車道の手前で、彼が足を止めたのだった。昼休みの時間帯は交通量が多くて、今も何台もの車がほぼ途切れることなく走ってゆく。
 そのまま視線を少しだけ上向け、彼の様子をうかがうと、その動きを察したかのように、間髪入れずに彼も私を振り向いた。
 あまりにもまともに目が合ってしまい、しかも予想外のタイミングだったから構えていなくて、びっくりしすぎたあげく反射的にまた顔を伏せてしまった。その瞬間、彼の手が少し震えたのがわかって、しまったと思う。
 その思いが私の手をこわばらせ、さらに気まずい雰囲気を作り出したように感じられた。
 直後、前の道で車の流れが切れて、車待ちをしていた他の学生とほぼ同時に、彼も歩き出した。必然的に私も前へ進むーーつながれている手を居心地悪く感じながら。普段から遠慮がちなつなぎ方だけど今は特に、彼の手から伝わる気配が強い気がする。
 ほんとうに、この状態はおかしい。おかしいというよりも中途半端なのだ。今まで通りの距離感で居て問題ないはずなのに、意識してしまうことが多くて落ち着かない。周りのあからさまな態度の変化、そして彼の些細ではあるけど明らかな変化、時に過剰にも思えるような気遣いは、気にせずにいようと思ってもそうするのは難しかった。
 やはり、あの時きちんと断るべきだったのだ。常時とは言わないまでも決して少なくはない頻度で、以前なら気にもならなかったことを必要以上に意識して、無駄にぎこちない雰囲気を自分から作ったりして、そのたび落ち着いていられない。それが伝わっているんだろう、彼の自然であるはずの振る舞いまでが、時々不自然に感じられたりする。
 ごく普通でいられた関係を、無意味にぎこちなく変えてしまってまで、彼と私が「付き合う」メリットなんて何もない。たとえ形だけであろうと。
 しょっちゅうそう考えながら、けれど積極的に現状を変えようとしていない、そうする意志が弱い自分がいることにも気づいている。
作品名:in my heart 作家名:まつやちかこ