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まつやちかこ
まつやちかこ
novelistID. 11072
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in my heart

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『in my heart』

 待ち合わせの場所がはっきり見える距離まで来た時、思わず足が止まった。彼はもう来ている。たいていは5分前には来ている人だと、最近知った。
 そして今のように、誰かと話している時がすごく多いのも、その「誰か」が女子である場合が少なくないということも。
 同じクラスだったのは中学の頃が最後で、その後何年も、毎日学校で会うほどの関わりはなかった。だからよくは知らなかったのだーー彼についてのいろんな事実を。
 どうしよう、とつい思ってしまったけど、行かないわけにはいかない。昼ごはんを一緒に食べる約束をしているのだし、仮に行かずに逃げたりして、その姿を見られたら変に思われてしまう。
 深呼吸で意を決して、足を前へ動かす。
 そこへたどり着くより先に、彼が私に気づいた。こちらに手を上げ合図するのにともない、彼の横にいた女子学生二人も私の方を見る。
 「……ごめんね、遅くなって」
 時間自体に遅れてはいないけど、後から来た立場の礼儀として言う。
 「あ、いや。俺が早く来すぎてただけだから。先輩、じゃあこれで」
 少し驚いたような、同時になぜかほっとしたような様子で彼は、前半を私に、後半をそれまで会話していた二人に向かって言った。正しくは二人のうちの一人、ちょっと濃いくらいの化粧をした人に対してで、言われたとたんその人はむっとした表情になり、それを隠そうとしないままもう一度私を見た。
 今度は、全身をくまなくチェックするように、視線を何度も上下に動かしている——ここ半月ほどの間に何度となく、いろんな人から向けられてきたのと同じ目。
 だから、こうやってしつこいほどに「品定め」した後、この人がどんな表情を浮かべるのか、簡単に想像できてしまう。もっとも今回はそれを見ずに済んだ。
 「すみません、昼休み終わっちゃうんでまたサークルの時に。失礼します」
 彼がやや早口で「先輩」にそう言い、私の手を引いて歩き出したからだ。一瞬だけ振り返って見えた「先輩」の表情は、何が起こったかわからないような、あっけにとられてぽかんとしたものだった。
 昼休みで構内を行き交う学生は多い。すれ違う中からも時折、えっ、というような驚きの目が向けられる。そして、それ以上に感じられるのが、どちらかといえば苦笑や失笑といった類の笑い、あるいは冷やかしの感情。そういう視線やひそひそ声は日が経つごとに増えていて、今は全体の半分以上じゃないかと思う。
 自意識過剰になっているのかもしれない。けれどこちらを、というか私を冷やかすような、茶化すような雰囲気で話す声を一度ならず耳にしたことはあるから、全部が気のせいではないだろう。
 知っていたはずだった。名木沢くんーー彼が、女子にとても人気がある、いわゆる「モテる」男子だということは。
 だけど「彼の彼女」の立場が、こんなにも人目にさらされるものだとは知らなかった。より正確に表現するならば、これほどにいたたまれなさを感じるものだとは。
 『たぶん、いや絶対、大変だと思うよ?』
 彼と「付き合う」ことになってすぐ、中学からの友達である小高七恵、なーちゃんと話をした時、気遣わしげにそう言われた。けれどその時もまだ、私は「大変」の中身についてあまり深く考えていなかった。そもそも「彼と付き合う」こと自体、半月前までは一度たりとも、想像さえしなかったのだ。
 同級生になったのは数回だけど小学校からずっと同じ学校だったし、彼に好意を持つ子は友達の中にも常に何人かいた。だから、噂に疎いと自他ともに認める私でも、彼についての話がまったく耳に入らなかったわけじゃない。
 高校の頃、彼に彼女がいた時期でさえ、告白する女子は絶えなかったと聞く。当時の私はそのことを聞いても「そうなんだ」程度にしか受け止めなかったけど、今考えれば、ずいぶん勇気のある子もいたんだなと実感とともに思う。あの頃付き合っていた相手は、少なくとも表面上、誰もが認める「彼女」だった。
 女子ソフトボール部の同期で、私たちの代の主将でもあった彼女ーー倉田さんのことはよく知っている。可愛いというよりはきりっとしたタイプの美人で、背が高くスポーツ全般が得意だから目立っていた。何より、見た目にも表れていたけど強気で堂々とした性格で、彼と付き合うことに萎縮するような人じゃなかった。だから、やっかみや反感を感じはしても、二人がお似合いであることは皆が認めていただろう。
 少なくとも、さっきの「先輩」さんが私に見せたかったであろう表情を、倉田さんに向ける子はいなかったと思う。……たとえば「なんでこんな子が」とあからさまに言っている目や、納得できないと書いてあるような渋い顔、もしくは抑えきれずににじませる冷笑なんかを。万が一いたとしても、倉田さんなら意に介さないか、逆に相手をにらみつけるくらいのことはしたに違いない。
 私はとても、そんなふうにはできない。知り合いであるなしにかかわらず、あちらこちらから好意的でない感情を向けられる経験は初めてだし……同時に、否定的に思われること自体はしかたないのだとわかっているから。
 自分が普段、どんなふうに見られているかの自覚はあるつもりだ。見るからに地味で、特に顔が可愛いわけでもなく、真面目が取り柄と言えばまだ聞こえはいいけど単に融通の利かないだけの、四角四面な人間。
 我ながら、魅力的な女子であるとは贔屓目でも言えない。だからどんな評価をされようと反論の余地なんかない。彼の「彼女」として私がふさわしくない、似合わないと思われるのは当然すぎるくらい当然なのだ。
 「ごめんな槇原、えっと、さっきのはサークルの先輩なんだけど、ちょっと何ていうか」
 顔をうつむけたまま歩く私をどう思ったのか、彼がそんなふうに話し始めた。すごく慎重な口調で。
 「悪い人じゃないんだけど、いろんな意味で遠慮しないところがあって……悪気があったわけじゃたぶんないと思う。だから、つまりその、気にすることないから」
 言葉を選びながら、といった感じで懸命に説明してくれているのは、件の「先輩」さんの意味ありげな、というよりあからさまに意味のある視線に気づいていたからだろう。彼みたいに女子に注目され続けている人が、私でもわかるようなことに気づかないはずがない。
 そして彼は、どんな場合でも気遣いを忘れない人でもある。前からそういう人だと思っていたけど、ここ半月はーー「付き合う」ようになってからは、よけいにそう感じる。なりゆきのような経緯で「彼女」になった私にも、彼が謝る必要のないことに関してまで謝ってくる、そんな人なのだと。
 そうやって気を遣ってくれることをありがたいと感じながらも、口に出しては何も言えない気分だった。だから、彼の言葉にもただうなずくことしかできなかった。一言でも何か言うべきだとは考えながらも、思いは声になる前に喉で詰まってしまう。
 あの「先輩」さんが彼に好意を持っているのは明らかで、でも、だからといって私にはどうしようもない。あの人の気持ちに何かしらの対応をする、働きかけられるのは彼だけなんだから、彼にまかせておくしかない。相手が誰だろうと私がどう感じようと、文句を言ったり怒ったりする権限はないのだ。
作品名:in my heart 作家名:まつやちかこ