in my heart
彼の隣にいるべきではないとわかっていても、今の状況自体は嫌ではなかった。意識して緊張する時が少なくなくても、一緒にいて肩が凝るとか窮屈だとか、そういった感覚は不思議と、初めから少なかった。大村くんの時にはそれらが最後まで消え去らなかった感覚だったことを思うと、本当に不思議だった。
あえて言うなら「付き合う」ようになる前の認識の違い、なのかもしれない。小学校時代から多少なりとも話をする間柄だった彼と、一度だけ同じクラスかつ運動部会の顔見知り程度でしかなかった大村くん。そういう違いは確かにあるし、いくらかは作用しているのかもしれない、けど……
「何食べる?」
「ーーえっ」
心の奥の方に沈んでいた思考を急に引き上げられて、どきっとした。たぶん、必要以上に肩を震わせるとかの反応をしてしまったのだろう。顔を上げたとたんに「……どうかした?」と、あからさまに心配そうな顔と声で聞かれたから。
「あ、ごめんなさい、なんでもーーちょっと、考えごとしてたから。大丈夫」
言いながら、本当に大丈夫なんだろうか、と自問せずにはいられなかった。抑えようとしても抑えられない、顔と頭に血がのぼる感覚。
いたたまれなく感じながらも、「彼の彼女」の立場を積極的に手放そうとしないのは、隣にいること自体は緊張しても苦痛ではないからなのか。
そして、現状がしょせん、なりゆきの産物とわかっているからなんだろうか。いずれ彼にふさわしい人、彼が本気で好きになる相手が必ず現れるはず。いつそうなっても不思議ではない。いつその日が来てもかまわないと思えていれば、辛くもならない。元の、本来の間柄に名実ともに戻ればいいだけだ。
そう、今も気持ちの上ではお互いに変わりないんだから、構える必要なんかないのだ。周りがどう思おうと関係ない。物理的に近づくことが多くてドキドキしてしまうのは、男子とのそういう距離感に私が慣れていないだけ。元彼とでさえ、手をつなぐことがあまりなかったくらいだから。
大村くんは、彼みたいにさりげなく、女子と手をつなげる人ではなかったのだ。彼みたいに「女子慣れ」している人でもなかったし、彼のように、隣にいたら格好良さを意識せずにいるのが難しいような男子でも……
やめよう、こんな考え方。彼と大村くんは違う人間なんだから比べるなんて無意味だし、どちらにも失礼だ。私が考えるべきなのは、あくまで彼個人とのこと。彼との関係を今まで通りに保つこと、そのためには慣れないことにも慣れていく必要がある、ということだ。
……大丈夫、今はまだ「付き合い」の日にちが浅いから緊張するだけで、そのうちに慣れるはず。
「そう? ならいいけど、で昼、何食べよう?」
「えっと、学食で、かな。私はどこでもいいんだけど」
「この時間だとどこも混んでそうだし、とりあえず学食行こうか。席多いから二人ならどうにか座れるかもしれないし」
それでいい? と問いかける表情にうなずいて応えながら、またどきりとする。何の含みもない普通の笑顔、これまでにも何度となく目にしている表情なのに。
ーーそう、今までに見ていたのと変わらない。今さらドキドキする理由なんて何もない。
だから、大丈夫。大丈夫に決まっている。
……と、こんなふうに自分に必死に言い聞かせていること自体が不自然だと、緊張を息苦しく感じながらも心の一部はすでにじわじわと変わりつつあることを、この頃の私はまだ、気づけずにいたのだった。
作品名:in my heart 作家名:まつやちかこ