匂菫遭逢
「で、どうして一人で飲みに来てたんだ?」
「……この街に来て初めて目に入った酒場がこちらでしたから」
二人は改めて酒を注文した。アレスはモルト、女はシードルを。女はシードルのカップにストローをつけるように頼んでいる。この地域ではあまり見かけない風習だ。
女の名はヘカーテといった。所属していた組織を離れ、各地を転々とした後にこの交易都市ライテルバーグまで流れてきたのだそうだ。この街は自治領であり国の中でも自由度が高い都市のひとつであるから、と。アレスが聞き出せたものと言えばこれくらいの事。組織とは何か、これまで何をしていたのか、出身は、好きなものは。思いつくままに問い、話題を振ってみても彼女は言葉少なにそれをはぐらかしてくる。厚いローブに隠されたままの両腕同様に、ヘカーテは最低限の情報しかもたらしてはくれなかった。酔いが回ってきたのか赤らんできた眼差しもアレスと直接絡んではこない。
「交易が盛んな場所だと色んな種族が集まってくるでしょう。特にここなら仕事が見つかるんじゃないかと思いまして」
「なるほど」
淡々と話すヘカーテにアレスは頷く。様々な人種、亜人、もはやヒトではないものまで多くが集まるここならば、確かに他の街よりも職は見つかりやすいだろう。彼女をひっかける、もとい交友を深めるにあたり実に都合のいい口実もそこにあった。
「なあヘカーテ、俺の宿に来ないか?」
「あら、いきなりど直球ですね?」
言葉足らずであった。初めてまとめに絡みあった視線にはあからさまな侮蔑が浮かんでいる。殺気も漂ってきたような気もする。アレスは慌てた。
「私は高いですよ」
「いやいやいや、仕事探してるんだろ?!うちの宿なら冒険者が集まるから誰かしらに職探しの手伝いを依頼できるし、泊まるところも確保できるって意味で!」
「あなた冒険者だったんですか」
何食わぬ表情に戻り、ヘカーテは背を丸めシードルのストローに口をつけた。指先すらも頑なに隠す彼女にアレスは苦笑するほかない。
「始めに名乗ったんだけどなぁ」
自分はこれまでになく面倒な女に声を掛けてしまったようである。