匂菫遭逢
印象に残る瞳であった。
いつものバールでふと目に入ったそれにアレスは目を奪われる。好みの女ではない。厚いフードに覆われた顔は化粧っ気がなく、今まで夜を過ごしてきた女達とはまるで対極にある。闇に溶けそうなその風貌は普段のアレスであれば鼻にもかけていなかっただろう。酒と香水の匂いが充満し、熱気のこもったこの場には些か場違いなようだ。
しかし鮮やかだった。薄暗いバールの中、数席離れていてもわかる程の、あまりにも鮮やかな瞳を彼女は持っていた。冒険者になり様々なものを目にしてきたつもりだが、あのような不思議な輝きを見るのは初めてだ。もっと近くで見たいと思った。アレスはふらりと席を立つ。
「お姉さん」
声を掛けると女は僅かに視線を上向けた。やはり、いやアレスの想像以上の華がそこにあった。濃紫色の縁取りから紫、青紫と中心へ向けて移っていく虹彩は朝方の空や菫の花を想起させる。そして先程は地味に思えた顔立ちに一房だけ溢れた黒髪も、ふんわりと曲線を描き、色白の肌を引き立たせていた。アレスは思わず息を飲む。
しかし見上げてくる視線はとても冷ややかだ。
「私にご用ですか?『お兄さん』」
お兄さん、と強調する口調からやんわりとした拒絶の色を感じるがアレスはめげない。今まで声を掛け、また掛けられた時に作ってきた笑顔で言葉を続けた。
「こんなところに一人でいるなんてどうしたのかと思って。もし良かったら隣いいかな?」
女は目を丸くし、ためらうような素振りを見せる。やはり簡単に誘いに乗るタイプではなかったか。諦めかけたアレスだが場を離れようとした間際、どうぞ、という小さな声を確かに耳にした。声音から少しばかり強張りが解けているのはアレスの気のせいだろうか。失礼、と声を掛け彼女の隣へ腰掛ける。
いつものバールでふと目に入ったそれにアレスは目を奪われる。好みの女ではない。厚いフードに覆われた顔は化粧っ気がなく、今まで夜を過ごしてきた女達とはまるで対極にある。闇に溶けそうなその風貌は普段のアレスであれば鼻にもかけていなかっただろう。酒と香水の匂いが充満し、熱気のこもったこの場には些か場違いなようだ。
しかし鮮やかだった。薄暗いバールの中、数席離れていてもわかる程の、あまりにも鮮やかな瞳を彼女は持っていた。冒険者になり様々なものを目にしてきたつもりだが、あのような不思議な輝きを見るのは初めてだ。もっと近くで見たいと思った。アレスはふらりと席を立つ。
「お姉さん」
声を掛けると女は僅かに視線を上向けた。やはり、いやアレスの想像以上の華がそこにあった。濃紫色の縁取りから紫、青紫と中心へ向けて移っていく虹彩は朝方の空や菫の花を想起させる。そして先程は地味に思えた顔立ちに一房だけ溢れた黒髪も、ふんわりと曲線を描き、色白の肌を引き立たせていた。アレスは思わず息を飲む。
しかし見上げてくる視線はとても冷ややかだ。
「私にご用ですか?『お兄さん』」
お兄さん、と強調する口調からやんわりとした拒絶の色を感じるがアレスはめげない。今まで声を掛け、また掛けられた時に作ってきた笑顔で言葉を続けた。
「こんなところに一人でいるなんてどうしたのかと思って。もし良かったら隣いいかな?」
女は目を丸くし、ためらうような素振りを見せる。やはり簡単に誘いに乗るタイプではなかったか。諦めかけたアレスだが場を離れようとした間際、どうぞ、という小さな声を確かに耳にした。声音から少しばかり強張りが解けているのはアレスの気のせいだろうか。失礼、と声を掛け彼女の隣へ腰掛ける。