恋と友情
両膝が落ち着かず、たまに触れ合っては離れるを繰り返している。
「大好きだよ、未翼さん」
「やめ…」
「やめない。だって、大好きなんだもの、未翼さんのこと」
ああ、こんな風にあの子は彼女を抱いていたのか。
そう客観的に冷静に分析しながらも、私を通じて朋奈に抱かれる未翼の様子に私は驚いていた。
全然違う、だけど、とてもいとしくて可愛い。
こんなに甘えてきてくれる、こんなに子供っぽく、快感に悶える顔を見せてくれる。
本当なんだ、と漠然と感じる。
五感のどれかを封じ込めると、人は感覚がまた変わってしまうというのは、俗説だと思い込んでいた。
だけど、今、視覚を封じ込めた上で、さらに聴覚さえもこちらが統制してしまった状態の未翼は、一般的に快感を導く部分を触らなくとも、快く感じてくれている。
すごくすごく嬉しかった。
副作用のように甘く疼くこちらの下半身に我慢を強いながら、未翼の体にただただ優しく触れることのみを繰り返す。
服だけでは足りず、膝立ちになって私の両肩をびっくりするほど強い力で抱きしめながら、未翼はうわごとのように、聞き取れない言葉を繰り返している。
裸でもなく、上下きちんと身なりを整えたままの状態だというのに、信じられないほどこちらを欲情させてくれる。
隠された目元は今、どんなふうになっているんだろう、とスカーフを取ってしまうことがちらっと頭をかすめた時、彼女が耳元で助けを求めてきた。
「お願い、手」
ほとんど泣き声に近い未翼の小さな声に、私は無言で応える。
しっとりと汗ばんだ右手を、私の左手で包みこむ。
ぎゅうっと力を込めると、何度も指先をかすめ、絡め、その位置を入れ替えながら、それこそ掌同士が性的に絡みつくように動く。
もう片方の手は、私のウェストを巻き込んでいて、痛いくらいに締め付けてくる。
「好き」
小さく何度も何度もぶつけられるこの言葉に、私はまるきり朋奈になった気持ちで答えていた。
「私も好き、未翼さん」
私じゃなくて、朋奈を通じて私が未翼を抱いているこの状態に、興奮しきっていた。
朋奈じゃないとダメなんだという失望感とか、私が演じてる朋奈なんだから、彼女は実は私の物なんていう独占欲があるわけじゃない。
ただ、私も朋奈もどちらもが未翼のことを愛していて、未翼は私と朋奈のどちらのことも愛してくれているという事実だけが、伝わってくる。
未翼の体が小さく震えて、スカーフの結び目がほぼ同時にほどけた時、私は全力で、彼女のことを抱きしめていた。
彼女は歯を食いしばって、必死になって声を出すまいとしたのだろうけれど、小さく、ああ、と何度も繰り返しながら、だらりと私の体に身をまかしていた。
その小さな言葉の繰り返しがあまりにもせつない響きを帯びていて、私自身が暴走すまいと何度も彼女の体を抱きなおし、肩口をなでる。
しばらく全身で息をしていた未翼の、ウェストにまわされていた手がするっと外される。
薄いシャツ越しに突き立てられていた爪が食い込み、肉を鈍くえぐられていた痛みが心地よい。
崩れ落ちた彼女の膝の上に、ほどけたスカーフが落ちていた。
涙の跡なのだろうと思う。
アイシャドウのきらめきの中に、色の変化した部分が2点存在していた。
「ごめん、汚した」
ようやく口を聞いたかと思えばスカーフのことか、と私は思ったけれど、未翼が私の胸元からゆっくりと離れた時、その意味に気がついた。
べっとりと汗ばんだ顔がシャツに押しつけられていたせいで、未翼のファンデーションや口紅が私のシャツにこびりついていた。
手洗いを何度か繰り返す必要もありそうだけれど、それくらい特に気にするような作業ではないと感じる。
その程度の作業と引き換えに、彼女のこのような姿を目にすることが叶ったのだから。
「飲み物、ほしい」
ソファの淵に頭を任せ、両足を伸ばしてだらりとした姿で座った彼女に、もうほとんど氷がとけ切った麦茶のグラスを渡す。
その雫が彼女の胸元に落ちて、また彼女は悲鳴を上げていた。
急いで、その口元をグラスを持っていない方のシャツの裾で押さえる姿が、色っぽい。
「気持ちよかった?」
ゴクゴクと喉を鳴らしながら麦茶をすごいスピードで飲み干していく未翼の視線の斜め下から、覗き込む。
顔を思い切りそむけて、未翼は空になったグラスをダンッと大きな音を立ててテーブルに置いた。
「いじわるにもほどがあるわよ」
ほとんど力が入っていない、魂の抜け切ったそのセリフには、説得力が全くのようにない。
私は彼女の斜め下から覗き込みながら、言葉をつづけていた。
「朋奈に、そんな風にされてるんだ」
私とセックスしている時よりも、ずっとずっと余裕がなかったのはなぜなのだろう。
そんなのは当の本人にだってわかるわけはないと思う。
だけど、余裕なく喘ぎ、肌をただ布越しになで、手の甲をふわりとなでていただけで絶頂に達してしまった彼女のことをいとおしく思う。
「そうやって追い詰めないでよ」
「すごく可愛かったんだもの。やっぱり、私としている時とは違うなあって思った」
「私には違いなんてわからないわ。いや、朋奈ちゃんと、有里子はその…仕方は違うんだけど、ええと、だから」
「うん、なんとなくわかる」
未翼自身が、朋奈とセックスしてる時と私とセックスしている時とで反応を変えているというわけではないのは、わかる。
だけど、相手が違えばきっと、反応だって変ってしまうはず。
言いたいこと、したいこと、されたいこと、言われたいことは、相手によってすべて異なってしまうのは、自分だってわかるのだから。
「これって、裏切り行為よね」
「未翼は、私も朋奈もどっちもが好きなんでしょう?それで、今、私の体で朋奈とセックスしたというか、そもそもほとんど何もしてないじゃない。勝手に未翼が気持ちよくなっちゃっただけ」
本当はこちらの下半身も異常事態になってはいたけれど、そこを悟られないように未翼に向き合う。
これ以上はできないと思うからだった。
これ以上は、まだ、自分自身の気持ちにやましさを感じている未翼とはやってはいけないと感じてしまったから。
少し、いたずらが過ぎてしまったのかもしれないけれど。
「だって、あんなふうにされたら」
「あんなふうにされたら?」
「い……」
「イッちゃう?」
その言葉がなかなか言えないのは、私の知っている未翼と同じだったからつい笑顔になってしまう。
声を出して笑っていると、未翼の両腕のこぶしにどんどんと胸元を叩かれる。
「もう、そういう風に言わないでっていつも言ってるじゃない」
性的なものを想像させる言葉を言うことが常にはばかられるくらい、未翼は妙に言葉について潔癖症なところがあった。
セックスの最中に、何度もその部分の名前を言うように命令しても、それだけはなぜかうまくいった例がない。
朋奈には出来ていたりして、と頭の隅で思いながらも、子供っぽくわめく未翼を見ていると急に空腹感を覚えた。