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連載小説「六連星(むつらぼし)」第96話 最終回

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 「なにかしゃべるって、それって絶対に無理。
 立っているのも精いっぱいだもの。私の足は震えています。
 嬉しくて、心がさっきから弾んでいると言うのに、頭の中は真っ白です。
 こうして居るだけで、充分に私は幸せです。
 お願い、亜希子さん・・・・
 はやく、此処から私は降りてしまいたい・・・・」

 
 「あらまぁ・・・・欲のない子だねぇ、あんたも。
 大群衆の関心を一人占めしているくせに、欲がないったら、ありゃしない。
 でも、あなたらしいわ。
 あなたはやっぱり、そういう感性を持っている女の子だわ。
 チャラチャラ何かを喋るより、コツコツと文章を書く方がよほど、
 あなたの性に合っている。
 じゃあ、そろそろあなたを、福井へ送り出してあげようか」

 「響をガ―ドしっかり守ってよ、そこの長身君」
亜希子が、響の背後に立っている長次郎に、合図の目線を送る。
群衆に向かって、亜希子が大きく手を振りはじめる。

「静粛に。静粛に」と叫ぶ亜希子の声に応えて、四方に待機している
係員たちも、制止の合図を送り始める。
熱狂の指笛が収まっていく。
ウェーブが緩やかかに収まり、雨の降りそそぐ会場にようやく静寂が
戻ってきた。

 「ありがとう、みんな!。
 何かひとこと、此処に立っている響から聞きたいでしょうが、
 私と違って響は、まだ純情可憐な女の子なの。
 変な期待はしないで頂戴。!」

 「その通りだ。響ちゃんは、見るからに着物が似合う大和撫子だ。
 一年中、よれよれの白衣を着ている、どこかのおばさんとは、
 大違いだ!」

 野次の声に、失笑とどよめきが、会場を揺らしていく。

 「こらぁ、そこ!。
 私の悪口はいくら言ってもいいけれど、響の悪口はご法度だよ。
 なにか言いたいけれど、誕生日の響は胸がいっぱいで、
 何も言えない状態が続いています。
 その代わりに私がもう少し喋りますので、我慢して聞いてね。みんな!」

 「いつもの事だろう!」的を得た合いの手に、会場内に、
また爆笑が湧きおこる。
笑いと、ざわめきが落ち着くまで、亜希子が響の肩へ手を置いたまま、
静かにほほ笑んでいる。


 「響は、3,11の申し子です。
 被災地をめぐってきた帰り道、私たちは新幹線の中で出会いました。
 私はいつものように、立ち入り禁止区域内の放射能測定の帰り道でした。
 響は、行方不明の知人を探して、3,11で最大の被災地となった石巻を訪ね、
 無事に役目を終えて、桐生へ帰る途中でした。
 響は、見かけと違って、行動的な女の子です。
 私が教えた広野町へ、この子は単身で乗り込みました。
 200人しか残っていない広野町へ、日暮れとともに乗り込みました。
 第一原発が、私たちに突きつけた放射能の問題を、最前線の町で、
 この子は、自分の目と足で実態を見届けてきました。
 それが私たちが知り合ったきっかけです。
 それ以来。わたしたちは共同して、原発と放射能に関するブログを
 書き始めました。
 その先のことは、私がくどくど説明しなくても、
 みんな読んでくれているから、良く知っているはずだわよね」

 「おうっ知っているぞ」「その通りだ。俺も読んでいるぞ」相次いで
呼応する声が、会場内をふたたび揺らしていく。


 「じゃあ、わたしがこれから指さす、こっちの方角!。
 こっちの方角へ、いまから響が歩いて行きます。
 行き先は、福井県の若狭です。
 原発労働者だった山本さんとの約束を果たすために、いまから響が
 官邸前を出発していきます。
 みんな。響のために、もういちど道を開けてください。
 これから響が歩くいくこちら側の人たち。
 ここから見た限り、最大限に人が密集しています。
 雨も降り続いているし、状況は最悪ですが少しずつでいいから、
 足元を譲り合って、響のために、道を開けてください!
 響を福井まで運んでいく車まで、無事に通してあげてください!
 お願い!頼むよ~、みんな!」

 ステージ上から指さした方角には、大群衆が群れている。
官邸前を通る6車線の道路は、完全にデモ隊によって制圧されている。
雨を避けるために開かれた傘が、参加者たちの頭上をびっしりと
埋め尽くしている。
ステージを下りた長身の長次郎が、響のバースディののぼりを高く掲げる。
参加者たちの目の前で、力のかぎりに左右に激しく振る。


 「ここだ!。この場所から、響のための道を開けてくれ!
 前方、衆議院の正門前の方向に、相棒が車を置いて俺たちを待っている。
 頼むぜ、会場を埋め尽くした同志たち。
 福井へ出発する響のために、少しずつでいいから道をあけてくれ!」


 びっしりと重なった人垣が、少しずつ左右に揺れていく。

 「ここだ。この場所から、隙間を開けろ」

 「すこしずつ、うしろへ下がってくれ。前に居るものは傘をたため。」

 びっしりとした人の密集が、かすかな隙間を生み出すため左右に揺れ動く。
通路に指定された人たちが、自発的に傘をたたんでいく。
ささやかな身動きを繰り返しながら、群衆の全体が大きく揺れはじめる。
しかし。いくら努力を繰り返しても、密集しすぎた群衆の間に響が進むための
隙間は、簡単に生まれない。