「もう一つの戦争」 開戦と子育て 6
着物をばらしてこしらえたモンペを羽織り、幸一に食べさせたいと魚の干物を風呂敷に包んで、女将に連れ添われ駿豆(すんず)鉄道(現伊豆箱根鉄道)修善寺駅まで歩いた。
少しやつれていたのか、赤ちゃんを抱っこしている裕美子に周りの乗客が声をかけてくる。
「無理しちゃいかんよ。こんな乳飲み子抱えてどこに行くのか知らないけど、このご時世だから何が起こるかわからないよ。ちょっと貸してごらん」
声をかけてきた年配の婦人は、裕美子から子供を預かると、あやしながら、
「しばらく寝てなさい。三島に着いたら起こしてあげるから。この子は大丈夫。私はこれでも五人の子供を育てているから」
「ご親切にありがとうございます。昨日もほとんど寝ておりません。お恥ずかしいですがフラフラです。お言葉に甘えさせてもらいます。女将さんいいですよね?」
「そうしなさい。私は子育てしたことが無いからこういう時に役立たないわね。ごめんなさいね」
「いいえ、そんなこと思ってもいません」
裕美子は目をつむるとすぐに熟睡した。女将はどれだけ疲れているのか想像できた。
もう少し時間を置いてから幸一に会いにゆけばいいと何度も説得したが聞き入れなかった裕美子の幸一への思いはそれほど強かったのだ。
理由はあった。それはミッドウェー海戦に従軍しなかったことで命が救われた思いである。
空母飛龍は山口多聞少将と共に海に沈む。帰還できなくなった零戦も燃料が無くなれば海に不時着する。
作品名:「もう一つの戦争」 開戦と子育て 6 作家名:てっしゅう