連載小説「六連星(むつらぼし)」第86話~第90話
彼に先導されて生まれて初めて、原子炉へ接近しました。
下請け労働者として採用されて以来。
原子炉周辺で、たくさんの種類の作業をこなしてきました。
しかし。原子炉の内部に侵入するのは、全く初めての体験になります。
原子炉はある意味で、配管のおばけそのものです。
無数の配管が、複雑に入り組んでいます。
配管が縦横に走り、複雑に交差しながら原子炉の建屋内を、びっしりと
埋め尽くしていきます。
近づくにつれて、通路の幅が狭くなります。
配管やコードなどが、さらにびっしりと隙間を埋めていきます。
視界が悪くなります。
うす暗くなってきた空間には、なんともいえない息苦しさが漂い、
異質なものへ接近していく圧迫感が、わたしを襲ってきます。
蒸気管と思われる巨大なパイプを時間をかけて迂回すると、炉心の外壁が
ようやく上の方に見えてきました。
炉心は、直径と高さが約3メートルほど有ります。
球形にちかい楕円形をしています。
私の立っている通路よりも、少しだけ高い位置に設置されています。
原子炉の最底部は、私の肩とほぼ同じぐらいの高さにあります。
床から、推定で1・5メートル弱。
腰をかがめて覗きこむと、底部にマンホールが見えます。
マンホールの口は開いたままです。そこから原子炉の内部へもぐりこんで
いくであろうことは私にも、すぐに理解できました。
日本非破壊検査の作業責任者が、指示を出します。
マンホールを指さすと、そこから内部へ侵入しろと身ぶりでしめしました。
ここへまで歩いてくる間、私たちに会話はありません。
結果を急ぎたい責任者と、未知の世界へ侵入していく作業者はお互いの
思惑だけを胸に秘めて、たんたんと原子炉に近づきました。
気がついたとき、私の胸の心拍数は最大限に上がっていました。
呼吸は浅くなり、どこかで息苦しさを感じています。
完全に密封されている防護服の内部は、すっかりサウナのような状態です。
二重に覆われている手袋の内部は、すでに汗でびっしょりです・・・・
作業責任者が私の肩を抱き、一緒にマンホールへ近づきました。
マンホールの入口ぎりぎりまで顔を近づけます。
見上げるような姿勢で、原子炉の中を覗き込みます。
内部は薄暗く、空気は幾重にも濃厚によどんでいます。
なにか邪悪なももが住み着いているような、そんな気配と印象を受けました。
恐怖心が、思わず脳裏を走ります。
一瞬にして顔がこわばったのが、自分でもわかりました。
ひと呼吸、ふた呼吸と繰り返すうち、動悸が鎮まってきたのが解ります。
それとは裏腹に、顔につけてエアーマスクの内面が、吐き続ける熱い
呼吸のため、みるまに白く曇り始めてきました・・・・
マンホールへ近づくにつれて、耳鳴りまで聞こえてきました。
仕事を遂行しょうとする自分の意志と裏腹に、身体の中のあちこちから、
『危険だから、入るな』という反応が、潮のように湧き上がってきます。
自由にならない自分の身体を、必至の思いで動かしました。
ようやくのことで、マンホールへ辿りつきました。
内部を覗きました。
暗闇に目を凝らすと、たしかに壁面に検査用と思われるロボットが、
斜めに取り付けられています。
不完全な取り付けのため、ロボットが斜めに傾いているのです。
その修正のため、これから私が原子炉の内部へ入ることになるのです。
内部には何ともいえない、不気味な雰囲気が漂よい続けています。
逃げ出したい衝動を、必死でこらえている自分が居ます。
しかし。いくら嫌でも、いまさら入ることを拒否することはできません。
飛び込む決意が固まるまで、再びマンホールから炉心内をじっと覗き込みます。
ふたたび、深い深呼吸を繰り返します。
それでもエアーマスクの視界は、ますます悪くなり、白く曇り続けていきます。
さっきから聞こえてきた耳鳴りも、さらに激しくなっていくばかりです・・・
作品名:連載小説「六連星(むつらぼし)」第86話~第90話 作家名:落合順平