連載小説「六連星(むつらぼし)」第86話~第90話
亜希子からのメールを読み終えた響きが、カレンダーに目を走らせる。
金曜日までは、後2日。
亜希子は、金曜日の午後6時に、官邸前の路上で会いましょうと、
自らのメールを締めくくっている。
(官邸前の、抗議のデモから若狭へ旅立つ・・・・
まったく想像もしなかったし、思ってもいなかった新しい展開です。
大飯原発の再稼働に反対する行動が、それほどまで盛り上がっていたなんて、
私は全く気がつかずにいました。
そういえば、私の小説の掲示板にも、そんな書き込みがたくさん有った。
ツイッターで暴動や革命の行動が起こるなんて、アラブや
アフリカだけかと思ったら日本でも現実に、動き始めていたんだ・・・・)
大阪市長の橋本氏がこの夏の電力ひっ迫時に限り、大飯原発の再稼働を
容認するという発言が有った。、
この発言を受けて、民主党・野田政権による原発擁護と再稼働の画策が
にわかに活気づいてきた。
再稼働を急ぐ、各地の動きも急展開を見せてきた。
政府や関西電力のこうした動きに反発して、反対派によるデモや座り込みが、
各地で散発的に、発生しはじめてきた。
おおくのマスコミが、こうした市民の動きを完全に無視している。
根底にあるのは、政府による報道規制だ。
それに反発するかのように、抗議行動は週を追うごとに過熱していく。
自然発生的な路上デモは、毎週末ごとに、本格的に首相官邸を
取り巻くようになる。
週ごとに人波は増え続け、先週は、ついに1万2千人を越えた。
官邸前へいくまえに、響には片付けるべき仕事が待っている。
山本の書きかけのノートと、ボイスレコーダの膨大な資料を整理することだ。
これまで綴ってきた原発労働者・山本の物語を、まとめあげる
作業が待っている。
(あと2日。私はこれを書きあげてから、山本さんとの約束を果たすために、
首相官邸の路上から、若狭に向かって旅に出る。
プロセスは、すっかり出来あがっているようだ。
何かが変わるというのなら、私は喜んで第一歩目を官邸前から
勇気を持って踏み出そう)
亜希子への返信メールを書き終えてから、編集中の、
山本のボイスレコーダーを手にする。
(約束を果たすということは、すべての原発を廃棄していくために、
私が、勇気をもって立ちあがる事を意味している。
そのために、わたしはもっと献身的に、さらに高い志を掲げて、
勇気を持って歩きだす必要がある。
反対行動に立ちあがっていた人たちが、私のしらないところで、
こんなに沢山いたなんて、初めて知りました。
静かに、美しく、そして整然と、官邸前で闘いが始まっていたなんて。
今日の今まで、私はまったく知らずにいました・・・・
また亜希子さんに、私が進むべき道を教えてもらいましたねぇ。
この繋がりを大切にしよう。
私はまた希望をひとつ、手に入れました!)
山本のボイスレコーダーには、玄海原子力発電所で働いていた時、
はじめて経験したという、炉心内での作業の様子が克明に記録されている。
山本が原発に従事して、まだ間もない時期の出来事だ。
作品名:連載小説「六連星(むつらぼし)」第86話~第90話 作家名:落合順平