連載小説「六連星(むつらぼし)」第86話~第90話
10数年以上も前の話になりますが、静岡の浜岡原発で、
非破壊検査の仕事をしていた労働者が、顎のガンを発病したことがあります。
彼と同じ職場で働いていた同僚たちは、放射線を浴び続けることにより、
ガンに侵されたのだろうと噂しました。
しかし。中部電力は、浜岡原発の作業とガン発症の因果関係を一切認めません。
同僚たちも仕打ちを恐れて、彼の病気が原発のせいだと言わなくなります。
因果関係を一切認めない中部電力に、睨まれるのを本能的に嫌ったためです。
彼は裁判に持ち込んで闘かいましたが、結局、裁判にも破れています。
顎からは、絶え間なく血が流れます。
無念の思いを深く抱いたまま、彼は亡くなっていったと聞いています。
この裁判を担当した、静岡市の鷹匠法律事務所の大橋昭夫先生は、
『あの件はいま考えても、浜岡原発内での作業が原因だ』と、
強い確信を持っています。
不条理といえるこんな横暴が、各地の原発内で平然とまかり通っているのです。
非破壊検査の会社でも、似たような事例が続いています。
かれらは検査のプロです。
しかし、放射線に関してはまったくの素人たちです。
定期点検中で停止中とはいえ、炉心内には計測不能の放射線が
飛び交っています。
作業責任者は初めて炉心に入る私のために、マンホールに顔を近づけて、
内部の様子を確認します。
作業の要点を、事細かに説明してくれます
彼の顔面には、目に見えない放射線がいっぱい突き刺さっていたと思います。
私よりも年上の人でしたが、おそらくもう、生きてはいないだろうと、
ボイスレコーダーを吹き込みながら感じています。
作業の説明を詳しく受けたあと、いよいよ中へ入ります。
検査ロボットが待っている、炉心内へ突入することになりました。
マンホールの真下に、突入用の踏み台が置かれます。
マンホールの斜め下にしゃがみ、待機していた私に対し非破壊検査の社員が
大きくうなずいて、合図を送ってきました。
立ち上がるとまず一度、大きく深呼吸をしました。
頭を低くして踏み台に上がると、体を大きく伸ばして上半身を
まず中へ入れます。
その瞬間、グワーンという感じで何かが襲いかかってきました。
何者かによって、頭が激しく締めつけられた感じがします。
すぐに強烈な耳鳴りも、始まりました。
ですがもう、乗りかかった船です。引き返すわけにはいきません。
恐怖と闘いながらマンホールの縁に両手を置き、勢いをつけて内部へ
全身を入れました。
その瞬間、耳鳴りがさらに激しくなりました・・・・
炉心内でのこうした異常といえるような体験は、実は数かぎりなく有るのです。
福井のある原発では、同じように炉心内で作業した作業員の一人が、
炉心に飛び込んだ直後、蟹が這うような音を聞いたと証言しています。
「サワサワサワ・・・・」とまるで蟹が這っているような不気味な音は、
作業を終えたあとも、いつまでも耳元から消えなかったと言います。
それどころか、定期検査の工事が終わり地元に帰ったのちも、この音から
解放されず、完全にノイローゼに陥ってしまったそうです。
作品名:連載小説「六連星(むつらぼし)」第86話~第90話 作家名:落合順平