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出雲古謡 ~少年王と小人神~  第五章 「金色の烏」

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「あーもー、やめなよ、二人とも……」
 志貴彦は困ったように両者を仲裁する。
「そもそも、天津神と国津神は、相容れぬ存在じゃからのう。しかたあるまいて」
 志貴彦の頭の上で、少彦名が他人ごとのように呑気に言った。
 天に住まい、宇宙の生成や世の理に携わる天津神に対し、国津神は地上に発生したその地の地主神という色合いが濃い。
 両者は滅多に遭遇することもないはずだが、ひとたび出会ってしまった場合、その相性は極めてうるわしくないようであった。
 他人顔をしている少彦名も、元々は高天原の生まれなのだが、その後「常世の国の住人」という立場を決め込んでしまったため、今はどちらの区分からも逸脱した存在になっている。

「まあ、高天原の神だとしてさ。君は、誰なの?」
「……邇芸速日(ニギハヤヒ)……」
 渋い顔をしつつ、やっと少年は己の真名を明かした。
「邇芸速日、ねえ。それで、君はなんでこんな所で烏になってたわけ?」
「それは……」
 邇芸速日は唇をかんで口ごもったが、やがてぽつりぽつりと、己の不幸な身の上を語り始めた。
「俺は……ある用事を言いつかり、高天原の至宝『十種の神宝』を持って地上に向かったんだ。ところが、途中で事故にあって船から放り出されてしまった。そのまま地上に落っこちて……」
「天の神の癖に翔べねーのかよ」
 建御名方が馬鹿にしたように茶々を入れる。邇芸速日はむっとして建御名方を睨み付けた。
「天津神の全てが飛翔能力を持っているわけではない。俺は、呪術系の生まれなんだ」
「あー、もう、わかったから。それで?」
 志貴彦は慌てて続きを促した。

「……それで、突然の事に慌てて呪術を使う前に、重力に捕まって地上に落ちてしまったんだ。おまけに、その時の衝撃で十種の神宝は、ばらばらになって地上のどこかに飛んでいってしまった。……俺の手元に残っていたのは、その足玉と道反玉の二つだけさ」
 邇芸速日は、志貴彦の首にかかった二つの勾玉を指さした。
「これ……あ、そうか!」
 勾玉を見て、志貴彦は思い出したように手を打った。
「御諸が言ってた『馬鹿』って君のことか!」
「--馬鹿?」
 邇芸速日は怪訝そうに眉を寄せる。
「ああ、こっちの事だよ。そうだ、ね、じゃあこの玉も、何かできるんだよねえ? すごい力を感じたもん」
「ああ。……足玉は、人に満ち足りた思いを与え、道反玉は邪しき行いを正す--まあ要するに、心を操るものさ」
「……成程、ではお主、この玉を使って大山彦を操っておったのか」
 納得したように少彦名が言った。
「そうさ。高天原育ちの俺にとって、地上なんて右も左も分からない所だからさ。とりあえず、烏に変化して森の中を飛んでたら--土地の有力者らしい大山彦に出会ったんで、依りついて様子を見てたんだ--なあ!!」
 邇芸速日はがしっと志貴彦の肩を掴んだ。
「お前の持ってるその品物比礼も、神宝の一つなんだ。神宝は、高天原の至宝だから、取り戻さないと、俺は天へ帰れない。頼むから、玉と比礼を俺に返してくれようっ……」
「えっ。--やだよ」
 必死に取りすがる邇芸速日に対し、志貴彦は冷たく言い放った。
「僕が手に入れたんだから。もう、僕のものだよ」
「これだけ事情を話してもかぁ!?」
「だってそんなの、僕には関係ないもの」
「俺は天へ帰りたいんだよぉっ」
「……帰らないほうが、いいと思うぜ」
 突如、志貴彦の傍らに襲を被った御諸が現れた。

「え、な、なんだ、こいつ!?」
 突然出現した御諸に驚いた邇芸速日は、後ずさって狼狽する。
「ああ、彼は……御諸っていって、なんだか物知りの不思議な--友達、かな?」
「……まあ、それでいいさ。今は……」
 襲の奥で御諸は軽く笑った。
「帰らぬほうがよいとは、どういう事じゃ?」
 少彦名が御諸に訪ねる。
 御諸は、懐から小枝を取り出して邇芸速日の前にかざした。
「これ、なーんだ?」     
「そ、それは……神宝の一つ、『熊の神籬(くまのひもろぎ)』では……」
 邇芸速日は顔色を変えて呟いた。
「そう。この世のあらゆる場所を自由に行き来できるもの。……俺が、これで高天原の様子を見てきたところ……」
 御諸は、襲の奥でニタァ、と笑った。
「役目の途中で行方をくらまし、天に復奏しない邇芸速日は、高天原の裏切り者として断定されたようだ」
「--な、なんだって!?」
 天神・邇芸速日は驚愕の叫びをあげ、真っ青になってへたり込んだ。

 この時、とっさに彼の脳裏に浮かんだのは、「月読事件」の事だった。
 真偽はどうだか知らないが、天照によって『罪あり』と断ぜられたあの月神は、神格を奪われ、高天原から追放されてしまった。今は、何処かで生きているかどうかさえ分かりはしない。
(あんな風になるのか、俺も……?)
 想像した途端、邇芸速日は激しい恐怖に襲われた。
(……いや、それだけは、絶対に避けなければならない)
 邇芸速日は目を瞑って考えた。
 --天へは、もう戻れないのか。……いや、戻らないほうが、いいだろう。未練は山ほどある。しかし、このまま帰るのは、あまりにも危険だ。
 ……けれど、だからといって、この地上は。まったくの不案内だし。何処にどんな危険が潜んでいるとも分からない。
 手元にある選択肢は、悪い札ばかりだ。どうすればいいんだ、どうすれば。ああいったいなんで、この俺がこんな目に……。
(そうか、いっそ--)
 逡巡の挙げ句、最後に思いついた名案に邇芸速日の心は、ぱあっと明るくなった。

「……あのさあ、お前--志貴彦とかいったよなあ……」
 志貴彦を見つめ、邇芸速日は力なくにへら、と笑った。
「神宝返さなくていいから……俺を、お前たちの仲間に入れてくれないか?」
「--は?」
 彼が突然何を言い出したのかわからず、志貴彦はきょとんとして聞き返した。
「だって……それしか、ないんだよ……だから、一緒に……さ?」
 さすがにきまりが悪いのが、邇芸速日は照れたように言った。
「変わり身の早い奴じゃのう」
 少彦名が呆れたように呟いた。
「また急にそういうこと言われてもねえ」
 志貴彦は頭を傾げて困惑した。自分たちだって、物見遊山の旅ではないのだ。この先何が起こるかわからないのに、こんなお荷物を抱えていいのだろうか。
「--いいじゃねえか、志貴彦」
 邇芸速日に助け船を出したのは、意外にも建御名方だった。
「負けたこいつが、自らお前の従者になりたいって申し出てるんだ。なあ?」
 建御名方は邇芸速日を見下ろして、にかっと笑う。
「そういう言い方をしてもらいたくはないな」
 邇芸速日はむっとして反駁した。
「なんだあ? 頼んでるわりには、態度でかいじゃねえか」
 建御名方は腕を組んで嘲弄する。
「まあ、連れてってほしくない、ってんなら、別にいいがなあ」
「……お願いです、私をお連れください。志貴彦様……」
 恐らく相当の屈辱なのだろう。そう告げる邇芸速日の唇は、小刻みに震えていた。
「そうそう。これからずっと、そういう喋り方してろよ。……な、志貴彦、どうする?」
「……君って、全方位にいじめっこだよね……」
 志貴彦は、むしろ感心したように呟いた。
「主君に対しては忠実だぜ」