出雲古謡 ~少年王と小人神~ 第五章 「金色の烏」
「そういうのがいいのかどうか、まだ僕にはわからないよ……」
「大人になるといろいろあるのさ。で、どうするよ」
「うーん」
志貴彦は、建御名方と邇芸速日を見比べながら、しばし考え込んだ。
この二人は、思いっきり合わないだろう。そもそも、少彦名と建御名方だって微妙な関係なのに。
この邇芸速日っていう神、見た目はけっこう綺麗だけど、どうも常識でははかれない性格をしてる気がする。
彼を連れていくとなると、またひとの話をきかない連中が一人増えることになるわけだ。
……この旅って、そういう運命?
「……まあ、別に、一人増えるも二人増えるも同じことだから……うーん、いいや。それじゃ、一緒に行こう」
志貴彦は諦めたように言った。なんだか、達観してしまった気がする。
「……ありがとうございます、志貴彦様」
邇芸速日はぎこちなく笑った。彼はいつもこんな風にわざとらしく笑うのだろうかと、志貴彦は思った。
「では証として、私に地上の者としての名を頂けますか?」
邇芸速日は志貴彦に頼んだ。それは、丁寧というより、慇懃な態度だった。
「……名前? そんなもの、僕がつけるの?」
「まあ、天で生まれた神が、地上の者として生きなおす、ということじゃからな。そういう儀礼が必要じゃ。つけてやれ」
少彦名がしたり顔で教えた。
「って言われても……」
志貴彦は、しばし思い悩む。そんな急には出てこない。
「--うーん……『事代(ことしろ)』ってのは、どうかな」
少し悩み、思いついたように志貴彦は言った。
「事代?」
少彦名が聞き返す。
「うん。長く言うとすれば、『八重事代主(やえことしろぬし)』--『事を知る』つまり『言霊を司る者』っていうことさ。だって彼、呪術の神なんだろ」
「……ああ。いい名です」
いったいどんな適当な名がつけられるのかと心の奥で密かに心配していた邇芸速日は、その名を聞いてほっとした。
この名付けによって邇芸速日は、『事代』として地上での居場所を確保できたのだ。
「それじゃ、全部片づいたし。とりあえず大山彦を阿田津姫に帰して、この山を出よう」
志貴彦はぽん、と手を打った。
「……何処に行くんですか?」
邇芸速日--改め、『事代』が問う。
とにかく仲間にしてくれと性急に頼み込んではみたものの、考えてみれば彼らの目的も聞いてはいなかった。
「出雲さ」
答えたのは、建御名方だった。
「--出雲?」
「ここからずうっとずうっと西にある、海の側の国だよ。……僕の故郷なんだ」
志貴彦が事代に説明した。
「では、故郷に帰る旅をしていたのですね」
事代は納得したように頷く。
「うん、まあ……」
志貴彦は言葉を濁して言いよどんだ。
「俺達の使命は大変だぜ、事代」
大山彦を肩に担ぎ上げ、建御名方は兄貴風を吹かせながら言った。
「何しろ、志貴彦を出雲王にしてやんなきゃいけないんだからな」
「出雲王?」
「あのねー。またそうやって、勝手に決めないでくれる?」
志貴彦は歩きながら反駁する。
新たに一人増えた一行が、洞の出口に向かうのを見送り--御諸は、暗闇の中で音もな
く姿を消した。
『第五章終わり 第六章へ続く』
作品名:出雲古謡 ~少年王と小人神~ 第五章 「金色の烏」 作家名:さくら