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出雲古謡 ~少年王と小人神~  第五章 「金色の烏」

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 志貴彦は--志貴彦の唇は、臆することもなく強気な言葉を紡ぎ出した。
「志貴彦ぉ!? 無茶をするでないっ」
「おいおい志貴彦。自分が何やろうとしてるのか、わかってるのかぁ!? 相手はなんだか得体の知れないおっさんだぜっ」
 制止しようとする仲間の言葉は耳に入ってはきたが、それで今の志貴彦が止まることはなかった。彼は皆を無視して大山彦に言った。
「それで、どうやってやるんだい?」
「……己が常に身に付けているものを噛みにかみ、吹き捨てたならば、息の霧の中よりいでるものがある。それは、己の心のあらわれだ。顕現するものにより、心の正しさを決するのがよいだろう……」
「--わかったよ」
 そう言うと、志貴彦は右手首に巻いていた、血赤珊瑚の玉を連ねた『手纏(たまき)』を取り外した。
 母の肩身だというこの手纏は、志貴彦が幼い頃からずっと手首にはめていたものだ。常時身に付けている物には霊力が宿るというが、己の分身としてこれ以上相応しいものはないだろう。
志貴彦は手纏の緒を解きほぐし、鮮やかな珊瑚の丸い玉を一粒取り外した。それを口に含むと、噛みにかむ。

「……では、私はこれを使おう」
 大山彦は呟き、腰に佩いていた剣を抜くと、刀身を三つに打ち折り、そのひとかけらを口に含んだ。
「……何やら、まずそうじゃのう……」
 剣を噛み砕く大山彦を見ながら、少彦名はぼそっと呟く。
 やがて、大山彦は噛みにかんだものをぷっと吹き捨てた。彼の息の霧の中から、可愛らしいひよこが現れる。
「--」
 それを見た志貴彦は、自分も噛みにかんだ玉を吹き捨てた。志貴彦の息の霧の中から出現したのは--大きく、立派な鷹だった。
「僕の勝ちだね」
 現れた鷹とひよこを見比べながら、志貴彦は大山彦に言った。
「……いや、私の勝ちだ」
「なんでさ! 僕のほうが、強そうなもの出したのに!」
「お前の心は荒々しく猛っている。だから、悪しき鷹が顕現した。だが、私の心は明るく穏やかだ。その証として、優しいひよこが現れたのだ。だから私の勝ちだ」
「そんなのってありかよっ……。僕は、これで負けだなんて、絶対認めないよ!」
「……では、今一度勝負しよう。その結果で決めるといい」
「いいさ、今度は負けないから!」
 志貴彦はむきになったように言い捨てる。
 両者は、再び先程と同じことを繰り返した。
「……これで、どうだっ」
 勢い良く志貴彦が吐き出した息の中からは、丸々とした雌鳥が現れた。
「--」
 大山彦は無言で息を吹き捨てる。その霧の中からは、大柄の雄鳥が現れた。
「やった! 今度こそ、僕の勝ちだ。僕の心が優しいから、かわいい雌鳥が生まれたんだ」
「いや、私の勝ちだ。私の心が大きく雄大だから、それを現わす雄鳥が生まれたのだ」
 無表情のまま、大山彦は決めつけるように言った。
「なんだよ、もう! そんなのってあり!? さっきから聞いてれば、自分に都合のいいことばかり言っててさあ。こんな勝負、無効だよっ」
 志貴彦は怒ったように叫ぶ--その時、大山彦の肩に乗っていた金の烏が、カアッ! と高い声で鳴いた。
「あ……れ……?」
 烏は、金色の双眸で志貴彦を見据える。志貴彦の頭の中で、烏の泣き声がぐるぐると広がっていった。
「い、や……それで、いいの、かな……?」
 突如、志貴彦には、大山彦の言うことの方が正しいのかも知れない、と思えてきた。
(納得納得納得納得……)
 心の中に、不思議な思念が広がる。
「そうだよ……君、が、正しい……?」
「おい志貴彦、何を言っておるのじゃ!?」
 少彦名が志貴彦の髪をひっぱる。だが志貴彦は、とり付かれたように烏の瞳に見入っていた。
「……では、私の勝ちを揚言(ことあげ)する。ひと、ふた、み、よ……」
 大山彦が勝利を確定する呪言を唱え始めた。だが、志貴彦は金縛りにかかったように動けない。
 --すると不意に、志貴彦の頭の中に焦れたような声が響きわたった。

『……おい、何やってんだ! しっかりしろよ。奴の術中に落ちてるぞ!』
「……御諸!?」
 志貴彦ははっとし、我に返ったように叫んだ。
『誓約なんてのはなあ、勝ったと言ったほうの勝ちだ! 強気で勝ちを揚言しちまえ!』
 相変わらず姿を見せない御諸は、声だけで志貴彦をたきつける。
「強気っていっても……なんて言えばいいのさ!?」
『これ以上はないほどに、偉そうに言っちまいな!』
「ええ、そんな、急に言われても……」
 志貴彦は焦りながら狼狽する。その間にも、大山彦は呪言を進めていた。
「いつ、む、なな、や、ここのたり……」
(ええい、どうにでもなれ!)
 心の内でやけになったように叫び、志貴彦は思いつくままに口を開いた。

「まさに我勝てり、勝つこと昇る日の如く速し! マサカアカツカツハヤヒ!!」
 『正哉吾勝勝速日』--志貴彦の口から揚言された勝利宣言は、すさぶる勢いをもって眼前の大山彦を打った。
 言霊の力に気圧された大山彦は、糸の切れた人形のように、その場に崩れ落ちる。志貴彦は気絶した大山彦に駆け寄り、その首に掛けられた勾玉に手を伸ばした。
「カアァッ!!」
 大山彦の肩から飛び立った金の烏が、威嚇するように叫んだ。敵意のこもった瞳で志貴彦を睨み、襲いかかるように向かってくる。
「--トリが生意気なんだよっ!」
 くちばしでつつかれる寸前、烏をはたき落として志貴彦を救ったのは、建御名方だった。
 剣の柄で後頭部を叩かれた金烏は、くるくると回りながら落下する。地に落ちる寸前、烏の体はボンッという音と共に煙に包まれた。
「……なんじゃ、これは!?」
 少彦名が頓狂な声を出す。
 白い煙が消えた後、そこに落ちていたのは--金の烏ではない。
 彼らの前に現れたのは……目を回した、一人の「少年」だった。
 その少年は、仕立ての良い浅黄色の衣を纏い、瑪瑙の玉を連ねた御統(みすまる)で長い髪を一つに束ねていた。大体、十六歳前後だろうか。王族といっても通るような品のいい整った顔立ちをしており、特にその白い肌の美しさは、そこいらの美女でさえも適わぬくらいの質のよいものだった。
 志貴彦と少彦名と建御名方に取り巻かれた少年は、しばらく憮然とした表情で腕を組んで座り込んでいたが、不意に志貴彦の足下に取りすがった。

「……お願いだ、その足玉(たるたま)と道反玉(ちがえしのたま)を、俺に返してくれえっ!!」
「足玉と道反玉? これのこと?」
 志貴彦は、自分の首にかけた二つの勾玉を触った。先刻、気絶したままの大山彦の体から取り上げた、当然の戦利品である。
「それがないと、俺は高天原へ帰ることができないんだ!」
 少年は、哀れっぽく志貴彦に訴えた。
「高天原? ……大体、君は一体誰なのさ」
「それは……」
 少年は、下を向いて言い渋る。その時、側にいた建御名方が居丈高に言った。
「お前は志貴彦に負けたんだから、素直に真名をあかしな! --どうせ、高天原の天津神だろーが!」
 建御名方の態度は、明らかに喧嘩ごしだった。
 少年はむっとして建御名方を睨みあげる。
「ふん。貴様、国津神かよ。どうりでさっきから、いけ好かない気が満ちているわけだ」
「なんだとおっ!?」