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出雲古謡 ~少年王と小人神~  第五章 「金色の烏」

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 呟くと、志貴彦は持っていた松明で足下を照らす。そこには、志貴彦に踏み潰された一匹の百足の死骸が転がっていた。
「うわ、百足踏んじゃった」
 嫌そうに言うと、志貴彦は付近の壁で足の裏を擦った。
「だいじょーぶかー?」
 建御名方が聞く。
「沓(くつ)を履いてなきゃ、刺されてたかも……あれ?」
 ふと、志貴彦の足が止まった。
「うわっ、これ……まさか……」
 志貴彦は顔を歪めながら、松明で壁や天井を照らし出す。
「うげげげっ」
 呻きながら少彦名は小さな身を縮めた。
「おやおや、出やがったなあ」
 志貴彦と同じように周囲を照らしながら、建御名方はうんざりしたように言った。
 一体何処から出てきたのか。周囲の壁や天井、足下にも、無数の百足が蠢いている。

「……これ、刺されると死ぬかなあ」
 志貴彦は這い回る百足を避けながら言った。
「致死毒の量にもよるだろうが--まあ、パンパンに腫れあがっちまうのは、間違いねえな!」
 建御名方が答える。その時、少彦名の悲鳴のような声が響いた。
「む、む、む、向こうからも何か来るぞい!」
 志貴彦と建御名方は、同時に身構えて奥を見た。
 闇の彼方から--羽音も高らかに、蜂の大軍が押し寄せてくる。
「うわ、もう、今度は蜂だよ! はちっ!」
 松明を振りかざして蜂の群れを避けながら、志貴彦はやけになったように叫んだ。
「蜂と百足の洞かあ……こりゃ確かに、人間だとやられちまうかもなあ」
 言いながら、建御名方は迫り来る蜂を素手で叩き落とし、己を刺そうとする百足を素足で踏み潰した。
「……お主、余程肌が丈夫なのか?」
 志貴彦の髪につかまったまま、少彦名は呆れたように建御名方に聞いた。
「おうよ。何しろ、俺は武神だからな」
 新たな百足を踏み殺しつつ、建御名方は誇らしげに答えた。蜂の針も百足の毒も、彼の頑丈なる皮膚を通過することは不可能のようだった。

「しかしまあ、ちと数が多いよなあ……おい志貴彦! 例の奴やってくれ!」
 握り潰した蜂を捨てながら、建御名方は志貴彦に向かって叫ぶ。
「……分かってるよ!」
 大声で答えながら、志貴彦は品物比礼を片手で持ち、頭上に掲げた。
「……」
 志貴彦は目を閉じると、心を落ち着けて精神を集中する。
「……鏑矢なりなる。なるなるなる」
 品物比礼を三度振り、呪言を唱えた。
 ビィィンッと、弦を弾くような音がした。
 目に見えぬ音は振動波となり、洞穴の中に広がっていく。音の波に触れた途端、蜂や百足は目を回し、気を失ってぼたぼたと下に落ちていった。
「おお、見事だねえ」
 落ちた百足を蹴飛ばしながら、建御名方は志貴彦の技を賞賛した。
「……はあ」
 災禍を免れた志貴彦は、品物比礼を下ろして息をついた。
「--それじゃあ、さっさと行こうよ」
 志貴彦はすぐに気を取り直し、先へと進む。
 しかし--。
「……え!?」
 突如、頭の中にキィンと強く響く音を感じ、志貴彦は立ち止まった。
 戸惑う志貴彦の目の前で、品物比礼が意志を持ったようにくねくねと動き、彼の左手首に絡みつく。
「なんだよ、これ……!?」
 絡みついた品物比礼は、きつく志貴彦の手首を締め付ける。解こうと志貴彦が手を降ったとき、品物比礼は洞の奥に向かってビッとまっすぐに伸びた。
「あ……?」
 暗い洞の奥から、強い呪力を感じる。品物比礼に引っ張られるようにして、志貴彦は奥へ進んだ。
「あ、おい、志貴彦待てよ!」
 急に走り出した志貴彦の後を、建御名方は慌てて追いかける。
 訳もわからず進む二人の耳に、不意に洞穴の奥から響く低く暗い声が聞こえた。

「……禁厭の法を使ったのは、お前か……?」
 志貴彦と建御名方は立ち止まる。
 彼らは、暗闇の奥へ目を凝らした。
「見事な技だ……だが、それはお前の力ではあるまい……」
 虚ろに呟きながら、彼らの前に一人の男が現れた。
 男は、肩の上に鮮やかに輝く金色の烏を乗せている。見たところ、三十すぎくらいの年かさだろうか。その瞳にはまるで生気がなく、髪はぼさぼさで、衣はくたびれきっていた。
「……あんたが、阿田津姫の兄貴か?」
 目の前の男に向かい、建御名方が聞いた。
「……確かに。私は、大山彦(おおやまびこ)である……」
 男は、抑揚のない声で呟いた。
「…だってさ。こいつをつれ帰れば、仕事は終わりだぜ、志貴彦。志貴彦--おい、志貴彦!?」
 名を連呼する建御名方に答えもせず、志貴彦は立ち尽くしていた。様子がおかしい。そう感じた建御名方が、志貴彦の肩を強く揺する。しかし志貴彦は反応もせず、ただ大山彦を--正確には、大山彦の首にかけられた『物』を見つめていた。
「……これが気になるか?」
 食い入るように見つめる志貴彦を見やり、大山彦はにたりと笑った。
 大山彦の首には、赤と青、二つの勾玉がぶら下がっている。それらからは、強力な呪力が感じられた。
「……おんなじなんだ、これと」
 左手に絡みつく品物比礼を握り締め、志貴彦は大山彦に言った。
「比礼が教えてくれる。その玉は、もともとこの比礼と一緒にあったものなんだ。……別れていちゃ、いけない」
「……ああ、そうだとも。お前の言い分は、正しいよ」
 覇気のない声で大山彦は言う。
「そう。分かってくれて、よかった。……じゃ、その勾玉、僕にちょうだい」
「志貴彦!?」
 頭の上で、少彦名が驚いたように叫んだ。
 しかし志貴彦は少彦名も無視し、極めて真剣な表情で大山彦を見据える。
「……だめだ。お前が、その比礼を私に渡すのだ」
 肩に乗った烏の羽を撫でながら、大山彦は無機質な声で志貴彦に告げた。
「--いやだよ。これは、もう僕のものだ。誰にもあげないんだから」
 志貴彦はにべもなく拒絶する。その彼の様子には、これまでには見られなかった幼い頑迷さが滲んでいた。
「おや、意見が別れてしまったな……」
 大山彦は呟く。口調は生気のないものだったが、両者の間には奇妙な緊迫間が流れていた。
「じゃあ、どうやって決めるの? --戦うとか?僕はそれでもいいけど」
 志貴彦は挑発的に言った。
「どうしたのじゃ、志貴彦。らしくないぞ……」
 頭上で少彦名がおろおろとうろたえる。

(……確かに、何か変だ)
 大山彦を睨みつけながらも、志貴彦は心の片隅で冷静にそう感じていた。言っていることも、やってることも、自分自身とはどこか違う。この違和感はなんだ--そう思ったとき、志貴彦ははっと気づいた。
(これは……勾玉を求める、比礼の意志……?)
 なんて強さだ。自分は、何時の間にかそれに引き摺られてしまっている。
「それもよいがな。……呪宝を求めるのに、武威での勝負はそぐわない。『誓約(うけい)』にて決する事にせぬか……?」
「--『誓約』?」
 耳慣れぬ言葉に、志貴彦は聞き返した。
「……誓いをたてて占を行ない、吉兆・真偽や善悪を判断する儀式じゃが……要するに、呪力対決じゃ」
 説明したのは、頭上の少彦名だった。
「おうおうにして、呪力の強いほうが勝つのじゃが……こやつ、何やら己に自信がありそうじゃぞ。やめておいたほうがよい」
「……ふうん。いいじゃないか。やろうよ」