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出雲古謡 ~少年王と小人神~  第五章 「金色の烏」

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「……おい、お前! 俺の主--じゃねえや、友達を何処に連れていこうってんだ?」
 丈高い建御名方は、阿田津姫に向かって頭上から凄んで見せる。だが威嚇された阿田津姫は、臆することもなくあっさりと一言呟いた。
「どこって……伊布夜(いふや)の洞(ほら)」
「……伊布夜の洞?」
 強引な人々に挟まれた志貴彦は、怪訝な顔つきで聞き返した。
「それって、出雲にある洞穴だよ。『なづきの磯』の西にあって、黄泉に繋がってるから、絶対行くなって小さい頃から聞かされてた。じゃあ君は、もしかして出雲の……!?」
「追手か!?」
 建御名方が語気を荒げる。一瞬空気が緊迫したが、阿田津姫は警戒する二人をあきれたように眺めた。
「……追手? なんのことよ」
「でも今、伊布夜の洞に行くって……僕を出雲に連れていくつもりなんだろ?」
「そんな遠くまで行ってどうすんのよ!」
 阿田津姫は志貴彦を一括した。
「あたし達が行くのは、この森にある伊布夜の洞よ」
「え、でも、伊布夜の洞は出雲の有名な……」
「……ああ。確かに、あっちの方にも同じ名の洞穴があるって聞いたことあるけど。本家はこっちよ。出雲が、紀伊の真似したのね」
 阿田津姫は自信に満ちた口調で断定した。
「……少彦名ぁ。どういうこと?」
「さて。わしも、それほど地上に詳しい訳ではないが。……確か、出雲・紀伊のみならず、その名がつく洞は、豊葦原にいくつかあるはずじゃ。黄泉に通じるなどとは戯言じゃがな。まあ、そう思えるほど飛び抜けて無気味な洞穴を、そのように呼んでおるのじゃよ」
「ほんとかよ、がきじじい」
 建御名方が疑わしげな視線を浴びせたが、小人はつんとすましたまま答えなかった。

「まあ、なんでもいいけど。とりあえずあんたたち、あたしの話を聞きなさい」
 強引に割り込んだ阿田津姫が、話題を自分の側に引き戻した。
「つまりね、紀伊の伊布夜の洞ってのが、この森のずーっと奥にあるのよ。……そこに、あたしの兄貴が引きこもっちゃったってわけ」
「……引きこもり?」
 志貴彦は驚いたように聞いた。
「そう。……少し前のことなんだけど。狩りの帰りに金色の烏を拾ってきてから、兄貴は何かおかしくなっちゃったのよ。目が虚ろになって、わけわかんないことをぶつぶつ言い
始めて……挙げ句の果てに、伊布夜の洞の奥にたった一人で引きこもっちゃった」
 ふう、と、阿田津姫は困った顔で溜め息をついた。
「……あれでも、まともな時は、族(うから)の権限を一手に握ってた大首長だったからさあ。政とか祭祀とか軍事とか、全部滞っちゃって。うちの族、今とんでもなく大変なのよお!」
 阿田津姫は大仰な手振りで志貴彦達に訴えた。
「……」
 志貴彦達は無言で顔を見合わせる。彼らの思いを代表して、少彦名が冷静に告げた。
「……では、洞からひっぱり出してくればよいのではないか?」
「みんなそうしようと思ったわよ! ……でもねえ」
 そこで言葉を切ると、阿田津姫は少彦名に向かって脅すように言った。
「伊布夜の洞には、わけの分からない気味の悪いもの達が蠢いてて、入った者は誰も帰ってこなかったのよう……」
「ひいいっ」
 阿田津姫の声音に怯え、少彦名は甲高い悲鳴をあげる。
 恐がる小人の様子を見て、阿田津姫はきゃらきゃらと笑い声をあげた。
「……まあ、そんなわけで。とうとう、誰も行くものがいなくなったから、あたしが引っ張りだしてこようと思ったわけよ」
「お兄さん思いなんだね」
 志貴彦は思ったままを口にした。
「……えー!? 違うわよお! このままだと、あたしに首長が回ってきちゃうのよ! あーんな面倒なもの、死んだってごめんだからさあ」
 大げさに手を振りながら、阿田津姫は苦笑する。そんな彼女の様子を、三人の男達は複雑な表情のまま見つめていた。

「……ま、そういうことだったんだけどね」
 一人納得したように呟くと、阿田津姫は両手で志貴彦の手をぎゅっと握りしめた。
「気が変わったわ。あんた、あたしの代わりに行ってきて」
「ええ!?」
 志貴彦は迷惑そうに顔をしかめた。
「だってあんた、さっき見てたけど、なんか不思議な力を持ってるじゃない。『ただ人』のあたしがいくより、成功する確立が高いわ」
「だからって、どうして僕が行かなきゃならないんだよ」
「……勿論、ただでとは言わないわ。取り引きしましょう」
 言うと、阿田津姫はにやっと笑った。
「あんた達、道に迷ってたでしょう」
「うっ……」
 志貴彦は言葉に詰まる。
「兄貴を連れてきてくれたら、この森を抜ける道を教えてあげるわ。どう? あたしのいうこときかなきゃ、あんた達はこのままずっと森の中でさまよい続けて、のたれ死によ!」
 阿田津姫は勝ち誇ったように言い、からからと高らかに笑った。
「志貴彦、どうするのじゃ?」
 髪をひっぱりながら、少彦名が聞く。 
「どうって……」
「--俺は、やってもいいと思うぜ」
 腰に手を当てて、建御名方は言った。
「伊布夜の洞ってのが、どんな所だったとしてもだ。この武神の俺がいる限り、どうってことねえって!」
 建御名方は、自信に満ちて請け合った。彼は、無気味な洞にもまったく恐怖を感じていなかった。……というよりむしろ、自分の見せ場がきそうな展開に期待さえしていたのである。

「あああ、無駄に勢いだけあっても、頭を働かせねば意味がないぞい」
「……ああ? なんだって? この小人」
 建御名方は、人差指で少彦名を弾く。
「何をする! 痛いではないか!」
「ああ、もうやめなよ、二人とも……」
 志貴彦は武神と小人の間を仲裁する。
 どうも、この大きさの激しく違う二人は、あまり相性がよくないようだった。
「ねえねえ! それじゃ、行くってことでいいのかしら?」
 志貴彦達のやりとりを横で眺めていた阿田津姫は、話をまとめようと決めつける。
 それぞれ勝手な主張をばらばらに続ける大人達に囲まれた志貴彦は、ややうなだれたままぼそっと呟いた。
「っていうか……もうちょっと、ひとの話聞いてよ、みんな……」



 --そこは、欝蒼とした森の中にあって、なお一段と寂しく陰欝とした場所だった。
 『伊布夜の洞』を取り巻くように、立ち枯れた木々が林立している。日差しは遮られてここまで届かず、まだ昼間だと言うのに、辺りはまるで夕暮れのように薄暗かった。
「それじゃ、がんばってねー」
 志貴彦達をここまで案内してきた阿田津姫は、入り口の前で気楽に手を振った。
 年齢も種族も異なった三人組は、それぞれに違った面持ちで洞窟の中へと進入する。

「……本当に、真暗じゃのう」
 志貴彦の頭の上に乗った少彦名が、気味悪そうに呟いた。
「落ちないように、気をつけなよ」
 先頭を歩きながら、志貴彦は小声で少彦名に注意する。頼るもののない暗闇の中で、志貴彦と建御名方の持った松明の明かりだけが、仄かに周囲を照らし出していた。
「結構深いな、この洞は」
 後ろを歩いていた建御名方が、チッと舌打ちする。その時、前にいた志貴彦がふと足を止めた。
「どうしたのじゃ、志貴彦?」
「今……何か、踏んだ」