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出雲古謡 ~少年王と小人神~  第一章 「海より来たる者」

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「なんだよそれ!?」
 志貴彦は、呆気にとられた。まったくこの小人神は、次から次へと何を言い出すのだろう?
「最初にわしの名を呼んだ者が、わしと義兄弟になる決まりだったのじゃ」
「誰がそんなこと決めたんだよ」
「天と地のさだめが、じゃ」
 少彦名はしたり顔で言う。志貴彦は助けを求めるに久延比古を見上げた。
「久延比古ぉ。本当なの?」
『……さて。あるいは、それが天津神のお考えならば……』
 久延比古は物知りだが、あえて語らぬことも多い。こうして彼がごまかす以上、けしてそれ以上の情報を引き出すことはできないのだった。
「あーあ。どうしようかな」
 志貴彦は困って頭を振った。この勝手で横柄な「弟候補」(少彦名が小人であるため、志貴彦はそう認識した)を、一体どうすればいいのだろうか。

「いいじゃねえかよ、志貴彦」
 背に少彦名を乗せたまま、谷潜は面白そうに言った。
「どうせ、お前八人も兄弟がいるんだろ。今更一人増えたからって、どーって事ねえじゃねーか」
「おお蛙、良いことを言うのう」
 少彦名は手を打って喜んだ。言葉つきは妙にじじむさいが、動作は子供そのものである。
「まあ、そーいえば、そーなんだけどー」
 志貴彦は、片手で軽く自分の頭を叩いた。困ったように笑い、ため息をつく。
「--わかったよ。君と兄弟になる。それでいいんだろ?」
 以外にあっさりと、志貴彦は言った。
『……簡単に決めましたね』
「だってさー、僕、難しいこと長い間考えるの苦手なんだよね。こんな小さな子に鞠の当
て逃げするのも、なんだか後味悪いし」
 志貴彦は軽やかに笑った。この屈託の無さが、久延比古や谷潜に好かれている理由でもある。
「では兄弟、早速じゃが、頼みをきいてくれ」
「何?」
「わしは長い間、その羅摩船で波の間を旅しておった。飢えておる。飯を食わせてくれ」
「……ずうずうしいなー、この弟は……」
 志貴彦は苦笑する。だが気がつくと、自分も結構腹が減っていた。蹴鞠に夢中になっているうちに、随分と時間が立っていたのだ。
 天高くあった太陽は、海の彼方で朱色に色づいている。波頭を渡る風が、冷たさを増していた。
(お腹すいた。……そろそろ家へ帰ろう)
 群青色に染まりゆく空を見上げて、志貴彦はそう思った。
 案山子と蛙と小人を連れて、郷へ帰ろう。



 --紀元前一千年より、更に更に……古の時代。
 この頃、天と地は二つに別れてから、まだそれほどの長い時を経てはいなかった。地上の国「豊葦原」には、やがて覇王となる「大王」も未だ出現しておらず、人々は少人数の集落を作ってそれぞれに生活していた。
 未開で混沌とした地上には神威が満ちあふれ、数多くの「あやし」や「ふしぎ」が存在している。けれど、人々は当然のようにそれらと共存して生きていたのだった。

 ……途中の川で谷潜と別れ、林の中の小屋に久延比古を置いてきた(そこが、久延比古の「家」なのである)志貴彦は、頭の上に少彦名を乗せたまま、杵築の郷に在る長の御館へ戻ってきた。
 入り口の付近にある土間を横切って、奥の室へ行こうとした時。志貴彦は、兄の一人とかちあった。
「……なんだ。お前、今まで遊んでたのかよ」
 志貴彦のすぐ上の兄・八彦(やひこ)は、やや剣呑な声で言った。
 弟を見下ろし、その頭の上に乗った巨大な蛾を発見すると、露骨に眉をしかめる。
「まったく、案山子やひきがえるの次は、蛾か。そんなのとばっかり毎日遊んで、暇なことだな」
 この時、少彦名は座り込んで顔を伏せ、身を縮めていた。そうしていると、傍目にはただの巨大な蛾に見える。
「少しは家のことも手伝えよ。この穀潰し」
「家の手伝いって、何さ。僕に出来ることなんて、何もないよ」
 兄を見上げたまま、志貴彦は言った。
「父上の後をついて、いばりくさって郷の中を歩き回ることなら、毎日兄さん達がやってるじゃないか。僕がやるまでもないよ」
 志貴彦はあっさりと言い切った。
「……っ」
 八彦は、目を剥いて絶句する。
 唇をわなわなと震わせつつも、すぐには反論の言葉も思いつかない有り様だった。
「兄さん、どうしたの? 僕、何かおかしなこと言ったかな?」
 八彦の様子を見て、志貴彦は無邪気に小首をかしげた。その姿はひたすら可愛らしく、悪びれたところなどまったくない。
「--お前はな! いつも一言多いっていうか、くそ生意気っていうか……っ」
 顔を真赤に紅潮させた八彦が、怒号を響きわたらせた時、奥の室から一人の青年が現れた。
「……どうしたんだ、お前達。御館中に喚き声が聞こえてるぞ」
「一彦(ひとひこ)兄さん」
 青年の姿を見て、志貴彦は呟く。二人の間に割って入ったのは、彼ら九兄弟の長兄、一彦であった。
「兄さん! 志貴彦のやつが、憎たらしいこと言うんだよ!」
 味方を得たとばかり、八彦は言い立てた。弟の訴えを聞きながら、一彦はやれやれ、とため息をつく。
 並び立った一彦と八彦は、年齢こそ違うけれども、ほぼそっくりの容貌をしていた。小さな目に、細長い輪郭。横に長い唇。ひどくのっぺりとしていて、妙に凡庸な容姿である。
 志貴彦には、八人の兄がいた。
 全員一つ違いのこの八兄弟は、上から長兄・一彦(二十四歳)、次男・二彦、三男・三彦、……四彦、五彦、六彦、七彦、八男・八彦(十七歳)と、たいそう分かり易い名前をしている。彼らは皆、同母の兄弟であった。
 志貴彦だけが、一人母親が違った。恐らくそのせいだろう。九兄弟とはいっても、一族の中にあって、志貴彦はいつも「みそっかす」扱いをされている。

「……今更だろう、そんなこと」
「でも、兄さん!」
 二人の兄が言い合うのを、志貴彦は他人事の様な顔で眺めていた。言い争いのそもそもの原因が自分にあるというのに、この少年はそういったことをあまり気にしない。
「……志貴彦に何を言ったって無駄だ。むきになったほうが馬鹿をみる」
「そうだけどさっ」
 悔しそうに言い、八彦は志貴彦を睨み付けた。
「それより、早く支度しろ。明日の日の出には、出立することになったんだからな」
「……兄さん達、どこかへ行くの?」
 一彦の言葉を聞いて、志貴彦はやや驚いたように呟いた。今日の朝餉の時点では、父や兄達は何も言っていなかったのだ。
「ああ。俺達全員で、因幡国へ行く」
「因幡の国へ!?」
 志貴彦は目を丸くした。
 因幡は、出雲国の隣の隣にある国である。
 出雲と同じように海に面した国であり、徒歩で数日で行ける近国であったが、出雲国はおろか杵築郷から出たこともない志貴彦にしてみれば、それは想像もつかないような遠い異国なのであった。

「ねえ、何しに行くの!? 因幡まで!」
 目を輝かせて聞く志貴彦を、うるさそうに見下ろして、一彦は言った。
「……八上姫に妻問いするんだ」
「八上姫に!?」
 今度こそ、心から驚いたように志貴彦は叫んだ。
 因幡の八上姫。
 --その名は、物事に疎い志貴彦でさえ耳にしたことがある。
 それ程に、近隣諸国に鳴り響いた美姫だった。近在の若者で、八上姫に憧れぬ者はないとまでうたわれている。

「前々から打診してあったが、今日八上姫の父君から、親父殿のところへ返答が来た。妻