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出雲古謡 ~少年王と小人神~  第一章 「海より来たる者」

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問いの申し込みのお許しだ」
 言うと、一彦は己の胸に手を当てた。
「八上姫にお目にかかり、もし俺達兄弟の誰かが気に入られれば、姫を妻にすることができる……」
 普段冷静な一彦であったが、さすがに興奮を抑えきれないようであった。彼もまた、長い間、遠き地の美姫に思いを寄せてきた者の一人である。噂に高い、その麗しき姿を一目見れるかも、と思うだけで、胸に熱いものが込み上げてくるのだった。
「……でもさあ。八上姫は、言い寄る男達を軒並み蹴散らしてるって評判だよ。そんな美しい姫の相手は、兄さん達程度じゃ、たぶん駄目だと思うけど」
 夢想する一彦を現実に引き戻したのは、末弟の冷酷な一言だった。
「何いってんだよ、お前は!」
 側で聞いていた八彦は、とうとう弟に手を出した。志貴彦の頭を拳で殴り、そのまま怒鳴りつける。
「八上姫は、八頭郡の曳田郷長の惣領姫だ! つりあいからいっても、俺達以上にふさわしいのがどこにいるってんだよ!」
「……そういう問題なの? なんか、違うと思うんだけど……」
 殴られた頭をさすりながら、志貴彦は小声で反駁した。
「--まあいい。そういう訳で、親父殿の命により、俺達全員で因幡へ出かける。わかったな、志貴彦」
「え、全員って……僕も?」
 志貴彦はきょとんとして一彦を見上げた。
 長兄が言った「全員」というのは、彼らのいつもの常として、「同母八兄弟」のことだと思って聞いていたのだ。
「僕、まだ妻問いなんてする気ないけど」
「ばーか! 誰がお前を妻問いの人数に入れるかよ。お前は、従者としてついてくるんだよ。俺達の荷物持ち!」
 八彦が勝ち誇ったように言った。
「そうなの、兄さん?」
 調子にのる八彦を無視し、志貴彦は長兄に聞いた。
「ああ、そうだ。せいぜい、俺達の手助けになるように励め。それが、お前みたいな奴にもできる、唯一の務めだ。親父殿に感謝するんだな」
 言い置くと、一彦は八彦をつれ、さっさと自分たちの室に立ち返って行った。

「……なんで『感謝』しなきゃならないのかなあ」
 兄達の去った後を眺めながら、志貴彦はぽつりと呟いた。幼い彼には、長兄が言葉に込めた皮肉がよく理解出来なかった。
「……のう、志貴彦」
 しばらくして、頭の上で蛾のふりをしていた少彦名がむくりと起き上がった。
「今の奴らは、お主の兄弟なのであろう?」
「うん。僕の兄さん達だよ」
「それにしては……随分と、険悪な仲じゃのう」
「ああ、まあね。兄さん達は、僕のことがあまり好きじゃないみたいだ」
 志貴彦は事もなげに言った。
「何故じゃ?」
「うーん、多分ねえ。兄さん達の母君は、杵築の同族で、土地の有力者の娘にあたる人なんだ。もちろん、父さんの嫡妻(むかいめ)だし。それに比べて、僕の母さんは、何だかよく分からないけど、他族の人みたいなんだ。だからかなあ」
「『なんだかよくわからない』とはなんじゃ。自分の母親であろう?」
 少彦名は、眉をしかめて志貴彦をたしなめた。
「だって本当にそうなんだもん。僕が産まれてまもなく亡くなったらしいけど、父さんにも結局、母さんの生国ってのは分からなかったらしいよ。謎めいた人だったらしいね」
 志貴彦は平然と言った。彼はこれまで、己や母の出自をつきつめて考えようとは思わなかった。
 自分は杵築の子で、ここでこうして暮らしている。--それで、いいんじゃないか?

「……そんなものかのう」
 少彦名は釈然としない様子だった。
「考えたって、しようがないじゃないか。……でも、ああ、そうだ」
 そこで言葉をきり、志貴彦は思い出したように笑い出した。
「母さんは、とても美しい人だったらしいよ。父さんが言うには、それこそ、八上姫をしのぐ程にね。僕は、母さんによく似てるんだってさ。……だから、兄さん達は僕が嫌いなのかもしれない」
 おかしそうに、志貴彦は言った。
 揺れる頭の上で、少彦名はため息をつく。
「……わしは、お主のそういう態度が、問題を悪化させておると思うがのう」
「なんで? --ぼく、悪いことなんか言ってないよ。ただ、いつも思ったことをそのまま言ってるだけさ」
 志貴彦の表情は、あくまでもあっけらかんとしている。彼は言葉に嫌みや悪意を込めたことがなかった。--ある意味、非常に『純粋』な少年なのだ。
 だが、志貴彦の兄達は、彼ほど物事を簡単に考えてはいなかった。
 嫡妻ではない女の産んだ子。しかも、非常に憎たらしく--その上、極めて美しい。
 立場的にも感情的にも、兄達にとって志貴彦は邪魔な弟だった。しかも、どんなに苛めてやっても、一向にこたえる風もない。いらだちはつのる一方だ。
 兄達は、事あるごとに、志貴彦を放逐するよう父にねじこんでいた。しかし、いかに父親とて、そんなことを承諾するわけにはいかない。考えた末、父は一つの妥協案を提示した。
 今回の、八上姫求婚旅の裏にある、もう一つの意図--それは、杵築における、志貴彦の立場の明確化だった。
 「兄弟の一員であるが、同時に従者として旅に同行する」。--すなわち、郷長の息子という出自は揺らぐものではないが、八人の兄達よりは、はっきりと一段下がった身分として存在すること。
 今まで曖昧にしてきたことを、自らの行動によって、きっぱり証明するよう求められていたのだ。
 だから、一彦は皮肉をこめて「父に感謝しろ」と言ったのである。

「あのな、大体の世の中では思ったことをそのまま言ってはならんのじゃ。特に大人が相手の場合はな」
「……そうなの? 面倒くさいなあ、『世の中』って」
 志貴彦は、大義そうに呟いた。少彦名を頭に乗せたまま、自分の室に向かって歩き出す。
明日の早朝旅立つなら、彼もそれなりに旅支度を整えなくてはならない。
「あーあ。海辺で蹴鞠してるほうが好きなのになあ」
 だるそうに言って、志貴彦は後頭をかいた。








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