小説が読める!投稿できる!小説家(novelist)の小説投稿コミュニティ!

二次創作小説 https://2.novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
オンライン小説投稿サイト「novelist.jp(ノベリスト・ジェイピー)」

出雲古謡 ~少年王と小人神~  第一章 「海より来たる者」

INDEX|2ページ/4ページ|

次のページ前のページ
 

 叫ぶと、志貴彦は後方に走り距離をとった。「みんな」と言われても、当然久延比古は動けない。谷潜がぴょんぴょんと跳ねて遠ざかり、久延比古を頂点とした正三角形の様な形を作った。
「よーし、行くよー!」
 志貴彦は右足で勢い良く鞠を蹴った。
 弧を描いて飛んできた鞠を、谷潜が飛び跳ねながら頭で突き返した。放たれた鞠は、久延比古の頭に当たり、志貴彦の元へ戻ってくる。
「みんな、うまいぞー!」
 楽しそうに笑いながら、志貴彦は再び鞠を蹴った。 三人で順々に鞠を飛ばし、何回続けられるかを競う。外して落とした者が、負け。
 自ら考案したこの遊びに、志貴彦はここのところ夢中になっていた。
 毎日のように二人を誘い、遊び場である稲佐の浜にやってきて、日暮れまで蹴鞠を競う。練習のかいあって、最近では三百回くらいまで続けられるようになっていた。

「ごーじゅにーー、ごーじゅさーんっ」
 簡素な白い上衣と袴を翻し、志貴彦は広い浜辺を走り回った。小柄で華奢なわりに、動きは機敏で素早い。運動神経がいいのだ。
 頭で鞠を突きすぎて、折角美しく結ってあった解き角髪がほどけかけていたが、志貴彦はそんなこと意にも介さず、鞠を飛ばすのに夢中になっていた。
「ひゅくじゅーろくーーあーーっっ!!」
 鞠を蹴った瞬間、志貴彦は大声で叫んだ。
 谷潜の方へ返すつもりが、方向を誤り、海のほうへ蹴ってしまったのだ。
「ははは、志貴彦ばーか!」
 谷潜の笑い声を乗せて、鞠は海へ飛んでいく。着水する、その瞬間--。
「……ギュッ!!」
 --奇妙な声が、辺りに響き渡った。
 人でも動物でもない、何ともいえないきてれつな悲鳴だった。
 志貴彦と谷潜は思わず顔を見合わせる。今この浜には、彼ら三人以外、誰もいないはずであった。
「……今、変な声が……」
『しました。海のほうです』
 答えたのは、谷潜ではなく、久延比古だった。
「やっぱり、そうなんだ」
「志貴彦、行って見てみろよ」
「どうして、ぼくが」
「お前が蹴ったんだぜ」
「けど、得体の知れないものだったら……」
 志貴彦は恐る恐る海のほうを見やる。波の上に、鞠がぷかぷかと浮いていた。
「早くしないと、鞠が流れていっちまうぜ」
 谷潜のこの一言が、志貴彦に決断を促した。あの鞠は、志貴彦が改良を重ねて独自に編み出した、大切な宝物なのだ。こんなことで失われては困る。
「わかった、僕が行くよ」
 言い置くと、志貴彦は海の方へ歩いていった。
 波打ち際に、鞠が浮いている。くるぶしまで水に漬かりながら、志貴彦は浅い海の中へ入っていった。
 鞠を拾おうと、身を屈める。--その時、志貴彦は驚愕の叫びを上げた。
「あっ! 『蛾』だっ!」
「なんだって!?」
 浜辺で谷潜が答える。
「凄く大きな蛾が、水に浮かんでるよ!」
 志貴彦は水面を注視した。鞠からやや離れた波の上に、両掌ほどもある巨大な蛾が、うつぶせになったまま浮かんでいるのだ。
蛾の側には、何故か丁度半分に割られた羅摩(※ガガイモ。薬草の一種)の実の殻も浮いている。
「もしかしてこの蛾、僕が蹴った鞠にあたっちゃったのかな……」
 志貴彦は心配そうに呟く。とりあえず鞠を小脇に挟み、両手で蛾と羅摩をすくい上げると、足早に久延比古のもとへ戻った。
「大きな蛾だって!?」
 跳ねながら、谷潜が寄ってくる。志貴彦はしゃがみこみ、砂浜の上に蛾を寝かせた。
「おい、しっかりしろよ、お前!」
 谷潜が鼻先で蛾をつつく。その拍子に、うつ伏せに寝ていた蛾が仰向けにひっくり返った。
「おい志貴彦、こいつ蛾じゃないぜ!」
 谷潜が仰天したように叫んだ。
「本当だ、これは……小人!?」
 志貴彦は、仰向けになった蛾を覗き込む。それは確かに『蛾』ではなく、「蛾の皮をまとった」中指ほどの大きさの小人であった。
「うわあ、小人だあ……。なんで蛾の皮なんか着てるんだろ。こいつの趣味かなあ」
 もっとよく見てみようと、志貴彦は小人をつまみあげた。--その途端、小人の全身がポウッと発光する。
「わ、光った!」
 志貴彦が叫んだ瞬間。
 目をまわして倒れていた小人が、バチッと瞳を開けた。そのままムクッと起き上がると、突如跳ね上がり--志貴彦の頬に噛みついた。
「痛っ!」
 志貴彦は思わず左手で小人を払い落とす。小人はくるくると回りながら落下し、着地する寸前に谷潜の背に乗っかった。
「--なんだよお前、なんで僕に噛みつくんだよ!」
 志貴彦は小人に向かって怒鳴った。彼の左頬には、くっきりと小人の歯形が残っている。
「キイ、キイキイキイッ」
 谷潜の背に乗ったまま、小人は鳴き声ともつかぬような奇声を発する。人族と同じ黒い瞳は、はっきりと志貴彦を見つめていた。
「なんだよ、何言ってるかわかんないよ!」
「キイキイキイッ」
 両者噛み合わぬまま、不毛なやりとりが数回続く。
「……あーもう! ……久延比古、こいつって、いったい何なの!?」
 観念したように、志貴彦は久延比古の方を振り返った。
 久延比古は、天下一の物知りである。このもの言わぬ賢者は、数瞬の黙考の後、静かに志貴彦の心に語りかけた。
『その方は……恐らく……神魂神(かんむすひのかみ)の御子では……』
「え、こいつが!?」
 驚愕の叫びをあげつつ、志貴彦は、ひきがえるの上に乗っかった小人を凝視した。
 何度も聞かされた久延比古の昔語りによれば、確か神魂神とは、宇宙のはじめに現れた造化三神の一柱--高御産巣日神(たかみむすひのかみ)と対をなす、高天原の最高神のはずである。
 その尊い御子が、この蛾の皮をかぶった得体の知れぬ小人だというのか?

『神魂神には、千五百程の御子がおられますが……その中の一人に、いたずら者で教えに従わず、尊の指の間からこぼれ落ち、海の彼方の常世の国へ去られた神がおられました。確か、御名は……少彦名命と……』
「--少彦名(すくなひこな)?」
 志貴彦は久延比古の言葉を反芻する。その時、突如小人が叫んだ。
「そうじゃ!」
 ひきがえるの上で小人--少彦名はすっくと立ち上がり、胸を張って堂々と名乗りをあげた。
「わしの名は、少彦名! 神魂神の子である! 常世の国より、海を渡ってここへ参った。お主の名は何じゃ!」
 ビシッと、志貴彦を指さす。
 地面すれすれの所から志貴彦を見上げたその姿は、たいそう威厳に満ちていた--というより、ただひたすら偉そうだった。これが、さっきまで濡れ鼠で目をまわして倒れていた蛾の姿だろうか。志貴彦はやや呆れながら呟いた。
「何だ君、しゃべれるんじゃないか……だったら、最初から変な声で鳴くなよ」
「お主に名を呼ばれたゆえ、戒めが解けたのじゃ。さあお主は何者じゃ。この少彦名に名乗るがよい!」
「……僕は、志貴彦。八束志貴彦。出雲国出雲郡、杵築郷の郷長の末子さ」
 少年と小人は互いを見つめあった。大きさを除いて見た目だけをとれば、少彦名は志貴彦と同年代位の少年のように見えた。もっとも、「神族」という限り、本来の年齢は定かではない。実は数百年は生きていたって、おかしくはないのだ。
「ふむ、志貴彦か。--では、お主に決まったぞ」
「……何が?」
「わしとこの地上で義兄弟となる者じゃ」