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出雲古謡 ~少年王と小人神~  第一章 「海より来たる者」

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 --国引き坐しし八束水臣津野命、のりたまひしく
                              
  「八雲立つ出雲の国は、狭布の稚国在る哉」--
                                (出雲国風土記)
 


 凪の海は、秋の陽を浴びて穏やかに煌めいていた。
 無数の小浪が、白砂の上に滑らかに打ち寄せ、また遠くへと引いて行く。
 彼方の異国へと通ずる大海に突き出した半島、その西端に位置した稲佐の浜は、幾多の浜辺を抱えた出雲国の中でも、割合におとなしめの海であった。
 故にこの浜は、近隣の杵築郷(きづきのさと)の子供達にとって、格好の遊び場となっている。--今も一人の少年が、洗われたばかりの砂を蹴散らしつつ、水辺へと駆け寄ってきた。
「ねえ、久延比古(くえびこ)! 今日はどの辺にしようか」
 少年は息を切らしつつ、肩に担いだ案山子(かかし)に向かって話しかけた。
『……あなたのお好きなところで』
 担がれたまま、久延比古と呼ばれた案山子は、少年の心に直接返答した。ぼろ布と小枝で製作された久延比古は、声帯器官を持たぬため、当然のことながら「声」を発することができない。
「もうこの辺りにしようぜ、志貴彦(しきひこ)!」
 少年の足下から、しわがれた声が上がった。
 少年--志貴彦は、笑いながら振り返る。
「なんだい、もう疲れたのかい、谷潜(たにぐく)。ひきがえるのくせに、情けないなあ」
「お前みたいな、疲れ知らずの子供と一緒にするない! 俺たちゃ年寄りなんだぜ」
 志貴彦の後を、半歩遅れてついてきていたひきがえるの谷潜は、威勢よく言うなり、本当に跳ねるのをやめた。
 それを見て、志貴彦も足をとめる。
 谷潜ははあ、と息をつきながら言った。
「ああ疲れた。結局、郷から浜まで走りっぱなしじゃねえか。これだから、子供にはついてけねーんだよ」
「……子供子供って二人とも言うけどさあ。僕、そろそろ大人の仲間入りしたっていい歳になるんだよ」
 言いながら、志貴彦は肩に担いだ久延比古を降ろす。柔らかい砂浜の上に、一本足の久延比古をズボッと突き刺した。
『青人草(あおひとぐさ)はそうかもしれませんが。我々から見れば、十二歳など、まだまだ赤ん坊のようなものですよ』
 身に纏ったぼろ布の衣を海風に揺らしつつ、久延比古は志貴彦に語りかけた。
 十字に交差するように小枝で作られた身体の上に乗せられた頭は、ただ布きれで丸く作られているだけなので、どんなに見つめても、その表情をうかがい知ることはできない。
「……前から思ってたんだけどさあ」
 左手にぶら下げていた包みをほどきつつ、志貴彦は言った。
「どうして久延比古は、僕達のことを『青人草』って呼ぶの?」
 志貴彦の大きくて丸い黒瞳が、無邪気に久延比古を見上げた。手足は長いが、全体的に華奢な志貴彦は、案山子の久延比古よりもまだ小さい。おまけに、色が白くて柔和な面立ちをしているものだから、昔からよく少女に間違えられた。
『何故って、それは、人々がはじめ小さな葦の芽だったからですよ。ああ、いったい、いつの間にこんなに増えてしまったんでしょうねえ……』
 久延比古の語りにやや嘆くような響きが混じった。
(あ、しまった。また始まる……)
 やれやれと思いながら、聞こえないように、志貴彦は小さく舌打ちした。
 こうした何気ないきっかけで、何度も聞かされた「あの話」が、また始まってしまうのだ。
『いいですか。そもそも世界は始め、何も固まらず定まらず、卵の中身のように、ほの暗くぼんやりと陰陽が混じり合っていました。やがてその中の澄んで明らかなものは、昇りたなびいて天となり、重く濁ったものは、下を覆い滞って大地となり、しばらくのあいだ
くらげのように漂っていたのです……』
 久延比古は調子づいて蕩々と語る。観念した志貴彦は乾いた白砂に腰を落とし、谷潜と共にこの「長老」の話に耳を傾けた。

『……そんなとき、世界にあるものが生じました。形は葦の芽のようでした。そこから、神と人とが派生したのです……』
 久延比古は語る。
 天之御中主神・高御産巣日神・神魂神という「造化三神」から、伊佐那岐・伊佐那美に至る、「神世七代」の神々の出現。
 そして、伊佐那岐・伊佐那美の二神による豊葦原(とよあしはら)の国生みと、天照大御神・月読命・須佐之緒命の「三貴子」の誕生--。
『天に在る「高天原」は天津の神々によって秩序ある世界に落ち着いたようですが……豊葦原の大地に繁殖した青人草は、どうもまだまださばえなす状態が続いていますねえ……』
 久延比古は、ほう、とため息をついた。
 どうやら彼は、そんな地上の状態を嘆いているようなのである。
「ねえ、『さばえなす』って、何?」
 おとなしく聞いていた志貴彦が、突如質問した。
「落ち着かなくて、うるさいってことだい」
 久延比古が答える前に、谷潜がしたり顔で話す。
「まったくこの地上は混沌が続いてるって、久延比古は心配してんのさ。なあ?」
 揶揄するように、谷潜は久延比古を見上げた。
「へえ。久延比古は、凄い事を気にしてるんだね。さすが長生きしてるだけあるや。いったい、いつから生きてるの?」
『……さあ。それだけは、私にもわかりませんね』
 志貴彦の積年の疑問は、こうして今日もまた、いつものように誤魔化された。
 志貴彦がこの不思議な案山子と出会ったのは、七歳の時だった。たまたま遊びに行った近所の山の中で、腐りかけていた久延比古を発見したのだ。その偶然の出会い以来、この奇妙な「親友」とのつき合いが続いている。
 孤高を好むようにみえて、実は相当に饒舌だったこの案山子は、驚くほど天地の理に長けていて、知らぬことなどないのではないかと思われるほど知識が深い。
 しかしながら彼は、なぜか自らに関する事だけは、一切語ろうとはしない。故に志貴彦は、勝手に「宇宙が卵の中のようだったときから生きているに違いない」と考えていた。

「おいおい、他人ごとじゃないぜ、志貴彦」
 谷潜が、飛び出した目をくるくる回転させながら言った。
「何がだい、谷潜?」
 志貴彦が答える。ちなみに、このひきがえるとの親交が始まったのは、十歳の時。谷潜が川蛇に襲われそうになっている所を助けてからの縁であった。
「お前さんだって、出雲郡は杵築の郷の郷長の息子じゃねえか。ちったあ、郷や国を治め
ることを考えなきゃいけねえんじゃねえのかい!?」
「僕が? まさか! はははははっ」
 志貴彦は弾かれたように笑い出した。
「お、おい、なんで笑うんだよ……」
 御年八十になろうかという化けひきがえるは、少年に無邪気に笑われて、当惑したように呟いた。
「あのねー、いくら郷長の息子だっていっても、僕は九番目だよ? 兄上が八人もいるんだ。国の事なんてのは、兄上たちが考えればいいのさー」
 気楽に言うと、志貴彦は包みの中身を取り出した。現れたのは、「鞠」である。枯れ葉や古布などで志貴彦が作りあげた、特別製の物だった。
「さあそんなことより、今日も『蹴鞠(けりまり)』を始めよう! みんな、位置に着いてっ」