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都会の片隅で蠢く虫けら

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『都会の片隅でうごめく虫けら』

福岡にある場末バー。そこでショウコは週に三回働く。夏でも半袖や露出の多い服は着ない。目鼻が整った美人だが、男を寄せ付けない独特の冷たい雰囲気がある。
ショウコが勤める一年も前から、タカヤマ・タケルはそのバーに通っている。
タケルはバーのカウンターに座り、独りでバーボンを酔いつぶれるまで飲む。隣にホステスが座れば、それなりに話を合わせるが、自分から進んでホステスに話かけたりはしない。
いつの頃からか、ショウコはタケルにどこか同じような匂いを感じ、知らずのうちに彼に魅かれていった。

 夏、暑い日が続いた。そんな、ある日の夜。
時計の針が十時を回っても、タケル以外の客が入ってこない。ホステスもショウコだけである。ママは具合が悪いというので休んでいた。
「一緒に頂いていい? 隣に座ってもいい?」とショウコは聞いた。
タケルはうなずいた。
ショウコは隣に座った。そしてタケルが飲んでいるバーボンをグラスに注いだ。
「いつも、たくさん飲んで、死ぬのは怖くないの?」とショウコがタケルに言った。
「もう死んでもいい年だ。怖くないさ」とタケルは言った。
ショウコは笑った。
「私もそうなの」と言って彼女もグラスの酒を一気に飲み干した。 
二人はいろんな話をした。やがて、他の客が三人ほど来たのでショウコは離れた。
時計の針が十二時になろうとしたとき、他の客は帰った。タケルは酔いつぶれていた。
ショウコは早々と店を閉めた。
「家はどこ?」とショウコはタケルの肩を揺すり聞いた。
「神田町の一丁目。海辺のアパートだ」
意外にも、そこはショウコのアパートの近くだった。
タクシーを呼びタケルを乗せた。
三十分ほどで着いた。
「着いたわよ。部屋はどこ?」
「二0一号室だ」
部屋に入り、タケルをベッドに寝かせると、ショウコは急に疲れを感じて、ソファに身を横たえたら、いつしか眠りに着いてしまった。ショウコが気づくと、外は少し明るくなっていた。タケルは起きていて、コーヒーを飲んでいた。
「ごめんなさい。私も寝ちゃって」
「かまわないさ。それより君に礼を言わなくては。部屋まで送ってきてくれて。コーヒーを飲むか?」
「いただくわ」と答えると、彼はコップを食器棚から取り出し、コーヒーを注いだ。
ショウコは部屋の中をそっと観察した。
あちこちにヨーロッパの写真がある。
「飾ってある写真はみんなヨーロッパの街でしょ? 自分で撮ったの?」
「写真が好きでね。昔、商社に勤めていた。休日になると、カメラを持って写真を撮った」
「きれいね。私も遠い昔、この町に住んでいた」
「プラハか。僕も何度か行った。過去と現在が不思議と溶け合う町だ。どれくらい前に住んだ?」
「数えきれないくらい前といったら大げさね。もう五年は経つかしら?」
「ほんのちょっと前じゃないか」とタケルは笑った。
「昔から福岡に住んでいたの?」
「いや、違う。会社はつまらなくなって辞め、東京も嫌になって、移り住んだ。以前にここに住んだことがあったから。君は?」とタケルは笑った。
「私はいろんなところを転々とした。たまたま、今、福岡という都会にいるだけ。私は都会に住む虫けらよ」と微笑みながら答えた。
「虫けらか……どういう意味だ? 良ければ教えてくれ」
「誰からも必要とされない存在という意味」とショウコは答えた。
「誰からも必要とされないか……。悲しい存在だな。でも、俺も似たり寄ったりだな。遠い昔はそうではなかったのに」
「初めて見たときから、タケルさんは私と同じような存在だと感じていた」
「どんな存在だ?」
「私と同じように孤独で、都会の片隅の暗い影のような所で蠢く虫けらのような存在」
「自虐的だな」
ゆっくりと夜が明けていく。窓から近くのアパート群が見える。
「周りは古いアパートだらけだ。ここは爪はじきにあったような底辺で暮す人たちが集まっている。変わり者だけが暮らしていると言っても過言ではない。みな、時代から置き去りにされている。孤独な高齢者。売れない芸術家。みんな孤独だ。まるで強い殻に被っている。でも、俺はこんな町が好きだ。きっと俺も似たり寄ったりなんだろう」
「私も同じ底辺で暮している。昼間は自分のアパートの近くの工場で働いて、夜はスナックで働いている。でも、お金はあまり貯まらない。早くお墓をつくろうと思っているのに」

タケルがスナックに来なくなって一週間が経つ。いつもなら二、三日おきに来るのに。ショウコは不安になり、タケルの部屋を訪ねると、タケルが出た。少し痩せていた。
「店に来なかったから、心配になって来たの」
「今日、店は?」
「休みよ」
タケルはショウコを部屋に招き入れた。
「ビールを飲むか?」
「いただくわ」
ショウコはすぐに酔ってしまった。突然、何だか自分自身をさらけ出したい気分に駆られていた。福岡に来て、二年になるが、腹を割って話をできる者が一人もいなかったが、目の前にいるタケルは腹を割って話し合える。そんな感じがしたのである。
ショウコは身の上話をした。かつて有名な踊り子だった。ヨーロッパで活躍した。一時、城壁の町プラハで暮らした。プラハの片隅で男と出会い、恋に落ちた。結婚して一年も経たないうちに、子供ができた。幸せだったが、ある日、音もなく崩れた。彼は浮気をしたせいで、彼女の精神が不安定となった。失火が原因でアパートは燃え、まだ一歳だった子供が焼死した。かろうじて彼女は助かった。
「私は虫けらなの。都会の片隅でうごめく虫けら。それにこんな跡もあるのよ」とショウコは、タケルに胸と背中に大きなやけどの跡を見せた。
「こんなひどい火傷の跡がある女を抱けますか? 無理ですよね。だから、ずっと前に女を捨てました」とショウコは笑った。
タケルは何も言わなかった。代わりに抱きしめた。
「止めてください。やすっぽい同情はいりません」
「同情じゃない」
「じゃ、なんですか?」
「分からない。ただ抱きしめたいだけだ」
しばらく抱きしめたまま、そして何もしなかった。
「もう止めてください」とショウコは言った。
タケルは離した。
ショウコは「帰る」と言った。
部屋を出るとき、タケルは、「ありがとう」と言った。ショウコは微かにうなずいた。

二週間後のことである。
「一緒に食事でもしましょう」とショウコはタケルを自分の部屋に招待した。
「殺風景な部屋でしょう」
「いいさ。気にしない」
タケルは微笑んだ。
ショウコの手料理を食した後、二人でビールを飲んだ。
「あなたは思ったとおりの人ね。秘密を抱えて生きている。私と同じように」とショウコが言った。
「嫌いか?」
「いいえ。その方が良いわ」
「抱いてください」と頼んだ。
タケルはショウコを抱いた。セックスが終わった後、タケルはショウコに言った。
「不思議だ。君を見ていると、人生を捨てるなと言いたくなる。俺はとっくの昔に捨てているのに」と笑った。