連載小説「六連星(むつらぼし)」第81話~85話
小さな通夜用の和室に、響と清子が取り残される。
「あなたは若いから、通夜は、こちらの色合いでもいいでしょう」
と響のために、紺色のスーツが取り出される。
「あなたは見せたいでしょうが、夏といえど、素肌を大目に見せるのは
NGです」
笑いながら清子が黒のストッキングやバッグなどの小物を、とり揃えていく。
「ハンカチは、無地の白が無難です。もしくはグレーなどでも大丈夫。
明日の本葬では、黒の喪服か、一つ紋か、三つ紋付きの和服を着用します。
帯は、必ず黒を用います。
洋装でも上着無しや、ブラウスなどはマナー違反になります。
必ず上着のないタイプの礼服にするか、半袖タイプの礼服ワンピースなどを
着る様にしましょう。
ただし、肩があらわに出てしまうデザインはいけません。
裏方でお手伝いなどする場合は、半袖のブラウスなどでもかまいません。
ただし白や黒などの、比較的地味なもの着るようにしましょう。
ほかにも色々とありますが、キリが有りません。
とりあえず、このくらのことは覚えておいて頂戴。万一にそなえて」
「お母さんの時までに、完璧に覚えたいと思います」
「そうね。・・・そう、お願いしたいものだわ。
でも残念ながら、わたしは当分のあいだ逝きません。
あんたをお嫁に出す方が先決です。それが私の最後の仕事です。
あら。お客さまかしら・・・・何処かで見た覚えのある二人組ですねぇ。
ああ、岡本さんのところの若い衆ですねぇ。
へぇぇ・・・どうやらあちらも響と同じように、慣れない
はじめての喪服のようです。
借りてきたばかり、というのが誰の目にもバレバレです・・・うふふ」
清子が見つけたのは、喪装を整えた岡本の若い衆、2人だ。
黒の上下に、黒のサングラス。黒のネクタイに黒光りするクロコのバッグ。
ピカピカ光る黒の靴まで揃えている。
何から何まで黒ずくめだというのに、何処から見てもどこかの
『不良』そのものだ。
そんな気配を漂よわせている2人を見て、響もクスリと苦笑を洩らす。
「ルパン三世の漫画の中に、あんな2人が居なかったかしら・・・・
片方は、痩せていて背が高い。もう片方は、小さくて太っていた。
それにしても実に漫画チックな、凸凹コンビですねぇ。
楽しそうな2人がやって来たことで、寂しい通夜が明るくなりそうです。
ふふふ。少々不謹慎でしょうか・・・。こんなことを言うと・・・」
若い衆の2人も響を見つけると、挨拶のために駆け寄ってきた。
挨拶を始める前から数度にわたり、ポマードでキンキンに固めきった頭を
2人とも、清子に向かって丁寧に下げている。
「ご苦労さんにございます。大きな姐ご。
親分に言われて、雑用を片付けるために飛んでめえりやした。
姐ごの言うことを良く聞いて、なんでも言いつけられたことはすべてこなせと
岡本の親分から、厳しく仰せつかってまいりやした。
何なりと遠慮しないで、こき使ってくだせい。大きな姐さん!」
「誰かと思ったら、いつものあんた達じゃないの。
それにしても、大きい姐さんと言ういい方には、
若干の抵抗がありますねぇ・・・
誰も来ないと思うし、外回りの用事はトシさんと岡本さんが片付けています。
用事が有ると言えば、受付の仕事くらいかしらねぇ。
ねぇ、響」
「へい。かしこまりました。
小さいほうの姐さんの言うことも、なんでも聞けと厳命されておりやす。
承知いたしやした。
早速、受付へ座らせていただきやす。おい、いくぜ、相棒」
「おうよ。挨拶と仁義なら得意中の得意です。
大船に乗ったつもりで、まかせてください。
じゃ、早速ながらその仁義の勤めを、始めさせていただきやす。」
「葬儀の受付と仁義の勤めと、いったいどういう関係が有るの?
大丈夫、あんた達。
弔問客が来ても、失礼が無いようにしてくださいね。
見ているだけでも怪しい雰囲気が漂っているし、
その顔は見るからに凶器だもの」
響の入れた横ヤリに、背の高いほうが怖い顔をして詰め寄ってくる。
痩せている男は近寄って来ると、見上げるほどの高い身長の持ち主だ。
(あら。まさにウドの大木だ。頭ひとつ上から、見降ろされている気分です!)
響と並ぶと、顔一つほど上に目線がある。
あわてて2歩ほど後退したウドの大木が、腰を低い位置に構える。
響の顔よりはるかに低い位置まで頭を下げてから、そのままの姿勢を保つ。
作品名:連載小説「六連星(むつらぼし)」第81話~85話 作家名:落合順平