連載小説「六連星(むつらぼし)」第81話~85話
「昨日。浜岡原発の再稼働を許さないと言う湖西市の三上市長の
記事を読みました。
三上市長は東日本大震災で被災した福島第1原発に関連して、
『同様の地震があれば浜岡原発でも、深刻な事態が起きる。
地震がいつ発生しても不思議ではない。いますぐ運転を止めるべきだ』
と主張しています。
米原子力規制委員会(NRC)が、福島第1原発の半径80キロ以内に住む
米国民に退避勧告したことにも触れ、『湖西市も、浜岡原発の
80キロ圏内にあたる。
水素爆発がおこれば放射能が飛んできて、健康被害が出る』と
危機感をあらわにしました。
原発の運転を停止しても夏場の節電などにより、『電力不足は生じない』
と語っています。
響さん。わたしはもう、長く無いでしょう・・・
約束通り、わたしが過ごしてきた原発人生について語ります。
いま読み上げたこちらの浜岡原発で、わたしは5年間ほど働いていました。
原発労働者としてのわたしの人生は、30歳の半ばからはじまりました。
同じ現場で働き続けていたわけではありません。
定期検査で停止する各地の原発を、転々と渡り歩きました。
そのような流れの仕事をする人たちのことを、「原発ジプシー」と呼びます」
(原発ジプシー。聞いた事のある言葉だ・・・・。
そうだ。女学生に誘惑されて職を失ったと言う、もと大学助教授が
使っていた言葉だ。
水面下で働き、具合が悪くなると、使い捨てにされる人たちが居る。
それが「原発ジプシー」と呼ばれる、流れ者の人たちの事だ。
このんで流れていくわけでは無い。
ひとつの場所では被ばく量が多くなりすぎて、つづけて働くことが
出来ないからだ。
名前を変え、手帳を取り直し、別の人間として働くことも珍しくない。
現代社会の奴隷。それが原発で働く、原発ジプシーと呼ばれている
ひとにぎりのひとたちのことだ・・・)
「浮き草のような原発ジプシーの生活を始めて、2年目のことです。
佐賀県にある玄海原子力発電所で働いている時。
原子炉の炉心部へ、生まれて初めて入ることになりました。
炉心部は、ウラン燃料を燃焼させている場所のことです。
原発は核反応を引き起こすことで、そこから生まれる膨大な
エネルギーを使い、タービンを回転させ、電気をつくりだします。
ウラン燃料を燃焼させている場所ですから、他の場所とは比較にならない
くらい、高濃度の放射線が充満します。
きわめて危険なエリアです。
そこに入り、原子炉内の傷の有無を調べるロボットを取り付けるのが、
私に与えられた仕事です・・・・」
「大丈夫かい。響」
ボイスレコーダーの中断は、突如としてやってきた。
目をあげると、目の前に黒いワンピース姿の清子が立っている。
右手に裏地の無いジャケットを持ち、もう片方に大きな紙袋を下げている。
「あなたのため、ひとそろいを持ってきたわ。
何の勉強しているの?。ずいぶん真剣な顔で聴いていたようだけど?」
響があわてて、耳からイヤホーンを外す。
「山本さんからのメッセ―ジです・・・・
山本さんが私のために、原発で働いてきた経験を語ってくれました。
お母さんを出迎えるために此処に居たのに、いつのまにか
聴き始めてしまいました。
ごめんなさい。しくじっちゃいました。場所をわきまえずに」
「そういう奔放なところが、響らしい。
でもね。冠婚葬祭ともなると、話は別となります。
あなたには初めてでも、世間の目はそうは見ません。
なにごとも最初が肝心なの。
あなたも25歳だもの。女性としての正しいたしなみを覚えましょう」
「冠婚葬祭に、女性としてのたしなみがあるの?」
「ほらこれだ。
フローレンス・ナイチンゲールや、ジャンヌ・ダルクもいいけれど、
日本女性としてのたしなみも、ちゃんと身に着けて下さい。
あんた・・・・まさかそのブラウスとジーパンで、葬儀に出るつもり?」
「あっ・・・・考えていませんでした。そこまでは!
でもなんでナイチンゲールや、ジャンヌダルクが登場してくるわけ?」
「主任看護士さんから、伺いました。
自慢の娘だと鼻を高くしたのはいいけれど、油断したとたんに今度は
その格好のままで通夜や葬儀に参列されたら、足元をすくわれてしまいます。
トシさん私が、赤っ恥をかくことになります。
だからあなたの教育係として、トシさんが私を呼びつけたのよ。
わかるでしょう、響。親の愛情がいかに深いものなのか。これではっきりと。
うふふ・・・」
「なんだぁ・・・・
私を教育するために、わざわざ湯西川からやって来たのか。
トシさんとデートするために、来たわけではないようですね。
はい。私が未熟すぎる故、お2人にはご迷惑ばかりおかけしています。
ごめんなさい。出来の悪すぎる娘で」
「早く完璧な娘に仕上げて、さっさとお嫁に出したいわ。
そうすれば後はトシさんと人で、大人の生き方を満喫が出来るはずだもの。
さて。それではあなたに最後のしつけです。
てきぱきとあなたを仕上げて、いい加減で、母親の役目を卒業したいわね」
「母親を卒業したら、どちらかへ嫁ぐわけですか、もしかして?。
わたしには、そんな風に聞こえましたが?」
「これ。不謹慎です、響。脱線し過ぎです。
少し、はしゃぎ過ぎですねぇ、あなたは。はしたない」
「お母さんが先に・・・勝手に言いだしたくせに。
ああまた、しくじったか。・・・はい、私はやっぱり未熟者のようですねぇ」
「わかっているなら、それでよろしい。うふふ・・・」
作品名:連載小説「六連星(むつらぼし)」第81話~85話 作家名:落合順平