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連載小説「六連星(むつらぼし)」第81話~85話

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 エレベーターの扉が閉まるまで、岡本が見送る。
亡くなっていく者を送る時間は、まだまだ続く・・・・
いのちが消えていく瞬間を見つめる。響にとって、それはまったく初めての体験だ。
自分がこの先で何を体験するのか、まったく予想がつかない。
最後まで冷静でいることが出来るのだろうか、ちゃんと山本さんを
見送れるだろうか・・・
そんな不安が響の胸に、黒雲のように広がっていく。

 母が湯西川から、わざわざ響のためにやって来る・・・・
母の存在の重みを、響がじわりと胸に感じる。
エレベータを降りた響が、ロビーに向かって歩き出す。
誰かが後方で呼んだような気がしたが、響は気が付かない。
廊下を歩き終わり、明かりが溢れている場所で響がようやく立ち止まる。
背中へ追いついてきたのは、響に優しくしてくれているいつもの
年長の看護士だ。


 「あなたへと言って、山本さんが用意したモノです。
 ボイスレコーダーは一週間ほど前、山本さんに言われて私が用意しました。
 ノートに何かを書き始めていたようですが、態勢的につらくなったようです。
 何を吹き込むのですかと聞いたら、大好きな響ちゃんへのラブレターですと、
 笑っていました。
 一週間ほどかけて、吹き込んでいたようです。
 もう長くはない事を、本人が一番よく理解していたようです。
 こちらが書きかけのノート。こちらがその、ボイスレコーダーです」

 響きの手に、2つの遺品を手渡す。


 「それから・・・・私も、響ちゃんに感謝したい思います。
 あなたの2部式着物は、素敵でした。
 3階の病室とナースステーションに、旋風を巻き起こしました。
 明るい笑顔と2部式着物は、看護士たちの女の部分に火を点けてくれました。
 女性の明るい笑顔は、なによりの力になります。
 時として注射やお薬よりも、はるかに大きな効能を生むようです。
 と主治医の杉原も、笑っています。
 ごくろうさま。響ちゃん。
 もう少し見送る時間が残っているようですが、最後まで頑張って。
 あなたは、とても素敵な頑張り屋さんです。
 看護婦のシンボルといえば、100年前のフローレンス.ナイチンゲールです。
 ナイチンゲールは、看護とは、
 『すべての患者に対して、生命力の消耗を最小限度にするよう
 働きかけることを意味する』と、「看護覚え書」の冒頭で述べています。
 あなたの笑顔は、当病院における民間のナイチンゲールそのものです。
 原発に闘いを挑んでいくその姿は、日本のジャンヌダルクとも
 言えるでしょう。
 おまけにすこぶるチャーミングで、綺麗な女の子です。
 あなたは。うふふ」

 「でも、自分の背丈以上に、無理して頑張っちゃ駄目ですよ」とクギをさす。
主任看護師が、ふたたび山本の病室へ戻っていく。
胸に抱えたノートとボイスレコーダーには、山本が生きてきた軌跡が
刻まれている。
イヤホーンを準備して、響が再生のスイッチを入れる。
真夜中に録音したのだろうか・・・・
周囲へ配慮しているような雰囲気の中、山本が言葉を選びながら、
静かに響へ語りかけてきた。

 「これをあなたが聴く頃には、おそらく私はこの世にいないでしょう。
 たいへん長い間、お世話になりました。
 感謝をこめてあなたへ、わたしのことを記録しておきます。
 ノートへ書き始めましたが、残念ながら体力と気力が続きません。
 結局こうして、録音することになりました」

 昨日まで真近で聞いていた山本の声が、耳の奥で響く。