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連載小説「六連星(むつらぼし)」第81話~85話

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 原子力事業を運営している管理者には、別の決まりが有る。
被曝量が1日1ミリシーベルトを超える労働者にたいし、測定結果を
毎日確認することが義務づけられている。
また3か月ごと・1年ごと・5年ごとの合計も記録して、30年間にわたり
保存しなければならないと定めている。
記録の結果は、労働者に遅滞なく知らせなければならないと規定されている。

 また妊娠可能な女子については、3か月で5ミリシーベルト。
妊娠中の女子は、1ミリシーベルト(内部被曝)、2ミリシーベルト(腹部表面)
と、厳しい数値を指標にしている。

(以上、電離放射線障害防止規則9条より)

 被曝の上限についても、決まりが有る。
通常作業は、5年間で100ミリシーベルト。
1年間では、50ミリシーベルトを上限とすると決められている。
緊急作業においてのみ、上限を100ミリシーベルトと特別に定めている。

 ここまでが3.11が発生するまでの、被ばく量の数値だ。
だが、福島第一原発がメルトダウンしたことで、これらの数値が
大幅に引き上げられた。
厚生労働省と経済産業省は、3.11直後の2011年3月15日、人事院は
2011年3月17日、福島第一原発で復旧作業にあたる作業者たちに限り、
年間の許容量を、250ミリシーベルトまで一気にひきあげた。
その後。厚生労働省と経済産業省は、2011年12月16日に限度量を引き下げ、
さらに2012年4月30日、限度量へと引き下げている。


 だがこれらは、あくまでも表面上の話だ。
手帳制度は原発によって、中身が大幅に蹂躙されている。
原発で働く労働者たちの被爆の実態は、手帳制度の指標と大きく異なっている。
原発は、手帳制度の指標を無視して、労働者たちの被ばく数値を
あたりまえのように書き換えてきた。
原発を管理する電気事業者の利益のみが、優先されてきた結果に他ならない。


 危険なのは、放射能が舞う原子炉の中だけではない。
空中に飛んだ放射能は、ゴミやホコリなどを媒介にして、原発の
敷地内に飛散する。
原発の建物が異常なほどきれいに清掃されているのは、このためだ。
20年余りにわたる原発生活の中で、山本が浴びつづけてきた実際の
体内被ばく量は、一切、手帳の中に書かれていない。

 長い時間をかけて蓄積した体内被ばくが、山本の身体を少しずつ蝕んだ。
ガンという死にいたる最大の病気を発症する前に、内臓機能の全てが狂った。
身体の中に入った放射能が、やがて人体のすべてのメカニズムを狂わせる。
それこそが、体内被曝がもたらす一番恐ろしい結果だ。
放射能に体内を蝕まれた山本が、やがて短い生涯を終えることになる。

 主治医の杉原が、病室へ顔を見せた。
3人の看護士が、杉原医師の後について部屋へ入って来た。
生命維持装置と、波形と心拍数を刻々と表示するデジタルの音だけが、
病室の中で、山本がまだ生きていることを示している。

 杉原が山本の顔と、小刻みに動くデジタルの数値を交互に見つめる。
(死を待つ時間帯というのは、こういうことを言うのかしら・・・・)
静かすぎる時間の流れと、室内の様子に、響の中には戸惑いが広がっていく。

 杉原が、椅子から立ち上がる。
作業を続けている看護士に合図を送ってから、響の背中を手で押し、
そのまま廊下へ連れ出す。